24 金玉たちは、照胎泉にたどりつくのこと

 さて、金玉たちは妖怪の国に向かうこととなった。

 照胎泉しょうたいせんは、申陽が住んでいた洞窟から、さらに北にある。


 旅の途中、満月を迎えることもあったのだが、その間のことは、特にこともなし。


 ……ではなかった。


 夜、金玉は兎児を抱いて、木の根元ですやすやと眠っていた。


「あー! 気が狂いそうだ! いったい、いつまでこのお預け状態が続くんだよ!」

 少し離れたところで、肝油がわめいている。


「静かにしろ。金玉が目を覚ますだろう」

 申陽は座禅をくんで座っていた。


 金玉は『結婚するまでしない』と宣言した。

 無理強いをすると、最悪の結果になるかもしれない。

 例えば「身を汚された」といって、自害するなど。


 そこで男二人は「旅の途中は金玉に何もしない」との盟約を結んだのだ。

 だが……。


「チッ、満月の呪いってやつは本物だな!

 あいつを■して■して、■しまくりたいぜ! そして■という■を、

 おれの■■でいっぱいにしてやりたいよ!」


 肝油は、いかがなものかという単語を使いまくった。


「ふだんは、そこまでではないのだが……困ったものだな」

 そういう申陽も、天幕てんまくを高々と張り巡らせ、いつでも出陣できる構えだった。


「もういいぜ、ヤッちまおう。おまえも混ざれよ」

「いかん! 金玉は私と初夜の床で結ばれるのだ!」


「だいたい、なんなんだこの中途半端な設定は!

 満月の夜に男を惹きつけるんなら、毎月一度は■■まみれにならなきゃおかしいだろうが?」


「きっと金玉には、神仏のご加護があるのだろう。

 三蔵法師のように、前世で徳を積んだにちがいない」


「このままじゃ、こう言われちまうぞ。

『設定が生かしきれていなくて残念です』ってなァ!」


「……誰からいわれるんだ?」


「あれは何だったかな……とにかく、どこだかに応募したんだよ。

 

 けっこうチャラい男子大学生が、年上の男に出会って誘惑される。

 今まで、こんなに好きになれる相手はいなかった。


 だがその男は、既婚者の男の愛人だった。

 悩む主人公。

 それって不倫だろ。そんなやつと別れて、ぼくだけを見てくれよ。

 チャラい主人公は、好きな男と出会って純愛にめざめていくんだ。


 だがそもそも、好きな男にとっては、主人公との恋は、ほんの火遊びだった。

 既婚者と付き合うのがよくないのはわかってる。だけど、それでも想いを断ちきれない……本命は既婚者なんだな。


 主人公の苦悩と、好きな男の心の変化、ならびに既婚者男との関係性を描くんだ」


「ふむふむ」


「選評には、なんて書いてあったと思う?

『こんなものは小説ではない、小学校で文章の書き方を習いなおしてこい』

 ……最低評価で罵倒の嵐だ!」


「悪くないあらすじのようだが」


「きっと、ラストで三秘3P展開にしたのが悪かったんだろうな」


 ……主人公は純愛にめざめたのでは……?


「だから、今回はじっと我慢してやってるんだ! ド畜生が!

 今に見ていやがれ!」


 ――地獄の夜が過ぎていった。


  

 照胎泉は遥かに遠く、その道のりはあまりに険しかった。

 だが、彼らは決してあきらめなかった。



 とある山のふもとに、二つの井戸と、その脇に小さな家があった。

 井戸には、木のフタがついている。


「ほら、金玉。あれが照胎泉しょうたいせんだよ」

「二つともそうなの?」


「いいや、片方は落胎泉らくたいせんといって、流産させるための泉だよ。

 妊娠途中で病気になったら、飲まなきゃならないこともあるだろう。


 泉を間違えると大変なことになるから、ああやってカギをかけて、おばさんが管理しているんだ」


「ふうん」


「おばさーん、いるかい?」

 申陽が呼ばわると、扉から老いた猿が出てきた。


 ――猿。

 それは、まったく猿そのままの姿である。


 茶色い大猿が、農婦のような格好をしている。

 申陽のおばは、前かけで手をふきながら、いった。


「おやおや、しんちゃん。久しぶりだね。まあ、お入りなさいよ」


 一行は室内に招き入れられ、茶をふるまわれた。


「申ちゃんは元気でやってるのかい?

 人間界に引っ越しちまっただろう。うまくやってるのか心配だったよ」


「大丈夫だよ。ところでね、おばさん。

 照胎泉の水をわけてもらえないかな。帝がご病気なんだよ」


「そりゃあ、かまわないけどね。

 ――そうそう、あんたにこの縁談はどうだい?」


 おばは部屋の奥から、女妖怪の顔を描いた紙の束をとりだしてきた。

 

 申陽のおばのところには、あらゆる女性がやってくる。

 そんなわけで、仲人として顔が広かった。


「ゾウのお嬢さんだよ。健康でハキハキしていて、明るい方だよ」

「いや、それは……」


「じゃあ、クジャクのお嬢さんはどうだい。ちょっと派手好みだけど、サッパリとしていい人だよ」

 クジャクの鳴き声はきれいではなく、怪鳥と呼ぶにふさわしいものである。


「それとも、アフリカウシガエルのお嬢さんかね? 異国の人だけど、魅力的だよ」

 アフリカウシガエルは、メスでもブモーブモーと鳴くらしい。


 どれもこれも、やかましそうな女妖怪たちだった。


「――おばさん! 私はここにいる、金玉どのと結婚するつもりなんだ」


 申陽は、勇気を出して金玉を親戚に紹介した。

 金玉をはるばる妖怪の国に連れてきたのは、そういう目論見もあったのだ。


「あれまあ、男じゃないかね」

 おばは、作中で初めて、一般的な反応を示した。


「今の時代に、男だ女だなんて、どうでもいいだろう」


「よかないよ。

 あんたのお父さんとお母さんが生きてらしたら、きっとガッカリするだろうよ。


 いいかい、申陽。家の栄えは、子孫繁栄あってのことだよ。

 あんたのお父さんは猿美候の位にまでのぼりつめたんだからね。


 申ちゃんだって、きちんと女の人と結婚して、その跡を継がなくちゃならないよ。

 さあさあ、あんたに似合いの、猿のお嬢さんを探してきてあげるから。

 男のことなんて忘れちゃいなさい」


 ――全否定であった。 


「私たちは真剣に付き合っているんだ!

 ……とりあえず、照胎泉の水だけ、わけてくれたらいいから」


「ええ、ええ、あんたが女の人と結婚したら、いくらでもわけてあげるよ。

 その水で湯あみするといいさ。

 だけど、今はダメだね。頭を冷やしておいで」


「おばさん!」


「照胎泉の水を飲んだって、男と男じゃ何にもならないよ。

 それは知ってるだろう?」


「それは、不妊に悩む帝のためのものだよ」


「とにかく、ダメダメ!

 あんたが女に『うん』というまで、照胎泉の水はあげられないよ」


 おばは、申陽たちを家からさっさと追い出してしまった。



「……どーすんだ、申ちゃんよォ?」

 肝油は、皮肉な調子でいった。


「夜中に井戸に忍び込もう……井戸の鍵はおばさんがいつも身につけてるから、それをこっそり借りて……」


「よくねーなあ、目上の人に逆らうなんてよ」


「ここまできて、どうしろというのだ!」


「おまえが、おばさんにワビを入れればいいんだよ。

 『私が間違っておりました。宗旨替えします』ってな」


「そんなことはできない! 父上も、人間の母上との結婚には苦労したと聞いた。

 話し合えばきっとわかる! 金玉、もう少し待ってくれ。

 必ずおばさんを説得してみせるから……」


「お、落ち着いてよ。とりあえず、今日はもう休もう」


 折しも、日暮れであった。

 一行は食事をとるため、林のなかに腰を落ち着けるのであった。



 目指す子授けの薬を前にしての足踏み……。

 いったいどうなるのか?


 以下、次号!

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