23 申陽は皇帝にオトコの養生術を説くのこと

 申陽は、皇帝への奏上を続けた。


「私は欧申陽と申しまして、父は猿美候、母は人間で春見と申します。

 妖怪の里で育ち、いささか医術の道を修めております。


 ただいま陛下はしいなの実の例えを持ち出されましたが、

 なんのなんの、陛下は立派に子種を有しておられます。

 ただ、それを妨げるものがあります」


「それはなんだ? 申してみよ」

 皇帝より、大臣のほうが前のめりになっている。

 世継ぎが生まれるかどうかは、国政の重大問題だからだ。


「恐れながら、陛下は腎虚じんきょの状態であらせられます。

 精を漏らすこと、はなはだ多くありませぬか」


 ここでいう腎虚とは「ヤリすぎ」というほどの意味だ。


「うむ。だいたい、一日四、五人だな。

 茶を飲む間にも、自分でしておる」


 肝油は心の中で「メシの回数より多いじゃねえか」と呆れた。


 西方の勇者フェラクリウスといえども、それでは精魂が尽き果ててしまうであろう。


「男性の健康というものは、精を漏らすかどうかが大きく関係しております。

 そのためにこそ、節制することが称揚されているのでございます。


 古来より、男は陽の性質、女は陰の性質とされています。

 陰陽交わりてこそ、夫婦和合するものでございます。


 ただいま、陛下のお体は精が枯渇しております。

 その時に、男である金玉どのを抱いたらどうなるでしょう?


 陛下は陰の気を吸い上げられず、ただ吐精とせいして気を使い果たし――最悪の場合、腹上死ふくじょうしとなる恐れがございます」


 この場合は、背上死はいじょうしと言うべきかもしれなかったが。


「ううむ……華駄かだもそう言っておったわ。

 『これ以上漏らしては、お命が危ないですぞ!』とな」


 皇帝は、侍医の言葉を思い出した。


「陛下のお体は、まことに尊いものでございます。

 どうぞ、男相手にあたら精を浪費して、無惨な結果とならぬよう……

 さしでがましいことを申し上げて、誠に恐悦至極でございます」


「男相手は危険、か……」

 皇帝は、なごりおしそうに金玉を見た。


「先っぽだけでもダメか」

「はい」

「舐めさせてもダメか」

「はい」

「じゃあ、手で……」

「どれもいけません。精を漏らすことは同じでござりますれば」

「ぬうう……」


 みなは、皇帝がはらわたがちぎれるように悲しみ、

 血の涙を流して、地を打ちたい思いであることを見てとった。


「――ところで、陛下。妖怪の国には、人間界にはない薬が多々あります。

 不肖、私めが子授けの薬を得て、陛下に謹上したいと思います。

 それを飲んで女人と交われば、必ずや御子を授かれるでしょう」


 申陽は「女人と」との言葉を強調していった。


「おお、子授けの薬か。だが、陛下は既にいろいろ飲んでおられるからな。高麗人参に、肉霊芝、チャーガ……本当に効くのか?」


「はい。妖怪の中には、神仙の行に通じた者もおります。

 人間界のものとは、一味違います」


 妖怪の子授けの薬が、人間に効くかどうかはわからなかったが、その未知なる可能性に賭けるのだろう。


「まあ、おまえの見立てはもっともだった。

 効くかもしれないな。肝油将軍と共に、とってまいれ」

 皇帝は申陽に命じた。


「ははっ」

 肝油と申陽は、声をそろえていった。

 

 金玉も他の二人と共に下がろうとしたが、皇帝に呼び止められた。


「待て、金玉。

 おまえは行く必要はないだろう? 後宮にいて、のんびり暮らせばよい」


「陛下! 抱けもしない者を止め置いてどうなりますか――おい、さっさとこの者を下がらせろ」

 大臣は、猫からちゅーるを隠すようにいった。


「まあ、待て。ではこれをやろう」

 皇帝は机の上の小箱から、印綬いんじゅを取りだした。


 黄金のハンコに、赤いヒモが下がっている。


「これは余の妃であるという証拠だ。

 大糖帝国の中であれば、叶わぬ願いはない。

 困った時に、使うがよい」


 そんなものを軽々に受け取ってもいいのだろうか?

 

 だが金玉は「誠にかたじけなく存じます」と言うほかなかった。


「金玉……」

 皇帝は充血した瞳で、切なげに金玉を見つめた。


「陛下、お体をおいといくださいませ」

 金玉はそういって、そそくさと退出した。




「帝の不妊は、過労と腎虚が原因だな」

 退出した申陽は、キッパリと言いきった。


「ゆっくり休んで、一人の女性とだけ交われば、子どもも生まれるだろう」


「そう言えばよかったじゃねえか」

 肝油は堅苦しい席から解放されたので、ホッとしていた。


「それくらい、侍医が言っているだろう」


 過度な書類仕事、そこから生じるストレスを解消するための房事ぼうじ過多……。

 皇帝は負のスパイラルに落ち込んでいた。


「ところで、おまえ、医者だったのか? やけに詳しかったが」


「いや、適当に言っただけだ。

 あの場をおさめるには、ああ言うしかなかっただろう」


「おいおい……じゃあ、子授けの薬もデタラメなのか?」


「そうではない。その水を飲めば誰でも懐妊する、照胎泉しょうたいせんという泉がある。

 私の親戚が、そこの泉の管理人なんだ。わけてもらおう」


 申陽は、一応は考えてモノを言っているらしい。


 金玉はもらった印綬を首からさげ、皇帝の青ざめた顔を思い出した。

 元気になってくれたらいいけど……。




 中国では「精を漏らし過ぎれば死ぬ」という考え方がある!

 読者諸君も、お気をつけなされませ!

 ――以下、次号!

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