子授けの薬を探すの巻

帝は荒淫によって体を壊すのこと

22 一行は帝に拝謁するのこと

 ――さて、一行は都にたどりついた。

 往来の活気は、他の街とは比較にならず、金玉はおのぼりさんらしく、物珍しがった。


「ねえ、見て。馬車だよ」

「きっと貴人が乗っているのだろうな」


「ほら、あんなに高い塔がある」

「あれは仏舎利といって、御仏のお骨を収めているのだよ」


「きれいな女の人がたくさんいるね」

「金玉のほうがずっと清楚で可憐で美しいよ」


 申陽は、いちいち返事をしていく。


「あのな……なんでおまえが平気で往来を歩いてるんだ?」

 肝油が仏頂面でいった。 


「ええい、なんでこの街のやつらは、妖怪を目にしても驚かねえんだ!」


 道行く人たちは、たまにちらりと申陽を見るが、そこまで気にしているふうはなかった。

 はるか西方の異国人だと思っているのかもしれない。


「きっと民度が高いのだろう」


「刺激に慣れすぎてんだよ。まったく、どいつもこいつも……」


 肝油はガッカリしていた。

 このぶんでは、帝も化け猿を見て「ふーん」で終わるかもしれない。


 金玉への婚姻の申し込みをするなら、位は高ければ高いほど良い。

 せっかく功績を立てられるチャンスだと思ったのに……。

 


 肝油は二人を引き連れて、帝からの命令を伝え、面会を申し込んだのだが……。


 ――宮殿に入ってから、すでに三日間が過ぎていた。

 この書類を書いて、この番号札を持って、名前が呼ばれるまで待って、面会の概要を伝え……。

 たらい回しは延々と続き、いつ終わるともしれなかった。

 

「帝に会うまで、こんなに時間がかかるんだ?」

 金玉は、面会人専用の食堂で、ちまきを食べながらいった。


 夜は廊下で座り込んで寝ている。いつなんどきお呼びがかかるかわからないので、誰か一人は起きておかなければならない。


「そうらしいな……お役所仕事ってのは、わけがわからねえ」

「どこもそんなものだ。冥界はもっとひどいらしいぞ」


 ――いきなり、雲板うんばんがじゃあん、と鳴らされた。

 雲板とは、板状の楽器で、呼び出しの時に使われる。


「第七千五百六十二番、肝油将軍! こちらへ参れ!」

 

 三人は食事を放り出し、あわてて案内人のもとへ走った。



 通されたのは、狭い――もともとの部屋は広かったが、あらゆる書類が積み重なっているために狭い――執務室だった。

 そこに、一人の男が老臣と共に、書類の山にうずもれて格闘している。

 

「陛下、肝油将軍がお目通りを願い出ております」

 剣を持った、おつきの者が解説した。


 肝油は「呼びつけたのはあんただろうが」と思いながらも、ひざまずいて、

「悪を働く化け猿を捕らえましたので、陛下にお目にかかりたいと思いましてございます」

 といった。


 敬語がめちゃくちゃだった。


「ふむ……皆の者、顔をあげよ」

 といっても、皇帝をまじまじと見てはいけない。金玉は床で膝を折ったまま、ほんの少し顔をあげた。


「――ん?」

 皇帝はわざわざ席をたって、金玉の前にきた。隣にいる猿の妖怪は無視だ。


「そなた、名前は何という」

「金玉と申します」


「立て」

 金玉は言われるままにした。


 そこにいたのは、丈高い美丈夫で、だが目の下にクマがくっきり浮き出た、顔色の悪い男だった。彼はいった。


「そなたに、今晩の夜伽を申しつける」

 成功者は決断が早いという。


「金玉は、おれの……!」

 肝油が何か言いかけたが、すぐに近くの護衛に剣をつきつけられた。


 側にいた老臣が、やれやれとでも言いたげに、首をふった。


「陛下、お待ちください。この者は美しいですが、男ですぞ。


尾南オナンの咎』といいます。


 (昔、尾南という男は、結婚後も指先で精力を浪費してばかりで、妻と交わろうとしなかった。

 そこから転じて無駄遣い、やるべきことをしないという意味にも使われる)


 他にも妻妾は何人もいるのですから、その者たちにお恵みくださいますよう」


「それを言うなら『しいなの種を美田にまく』だ。


 (意・粃とは、中身の入っていないもみのこと。それを美田にまいても生えてこない。無駄なことをする、という意味)


 たまには男もいいだろう」


 皇帝はさらっと、超重要国家機密を漏らした。

「自分は種なしで、女を抱いても無意味だ。男を抱いてなにが悪い」と言っているのだ。


「金玉、あとで閨で会おう――この仕事が終わったらな」

 皇帝は苦々しげに、机の上の書類を見やった。


 金玉は、どうしていいか分からなかった。

 絶対権力者である皇帝の誘いを断ってもいいものか?

 下手なことを言えば、一族郎党皆殺しだ。


「……恐れながら陛下に申し上げたいことがございます。

 私のような卑しい妖怪の身分の者が発言することははばかられますが、

 これは陛下のお体に関わることですので、愚見を述べさせて頂けないでしょうか」


 申陽はひざまずいたまま、丁寧に言った。


「おお、そうそう、余は妖怪を見たかったのだ。

 そちが、肝油の妻を犯した化け猿か?」


「いいえ、私は山に迷っていた金玉どのをお助けしただけです。

 肝油将軍は、風説を信じて、私を人に仇なす妖怪だと誤解したのです。

 また、金玉どのは肝油将軍の妻ではありません。書類に何かミスがあったのでしょう」


 肝油は口を挟みたかったが、礼儀正しい言葉づかいがサッパリできないので、黙っていた。


「……将軍の妻ではないし、化け猿に犯されていない――金玉は処女なのか?」

 帝は、金玉に向き直って問うた。


 ……そこ、気にするとこ?


 金玉はそう言いたかったが、赤面しつつも正直に答えた。


「はい……処女で、童貞でございます」

「なるほど。人妻を奪うのも一興だが、やはり初物に勝るものはないな」


 俗に、一初二盗三婢四妾五妓という。興奮する相手の順番だ。


「では、余がそなたの初めてをもらってやろう。光栄に思えよ」


「――陛下、まさにそのことが問題なのでございます。

 もし陛下が金玉どのをものにすれば、陛下はお命が危うくなってしまうでしょう」

 申陽は平伏したまま、淡々と述べた。



 英雄、色を好むという……。

 皇帝は「化け猿に犯された人妻」という境遇シチュエーションに、ひそかに興奮していたのだ!

 

 申陽は色好みの皇帝に何を言わんとするのか?

 ――以下、次号!

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