21 金玉は兎児をつれて帝のもとへ向かうのこと

 金玉は池のほとりで、朝の小鳥の声で目が覚めた。

 清らかな身のまま。


 すぐ近くで、真っ白いウサギがもぐもぐと草を食んでいる。


「君って、兎児とじくん……なの?」


 ウサギは金玉の側によってきて、つぶらな瞳でじっと見つめている。

 どうも、昨日のことは夢ではないようだ。


「申陽さんたちが心配してるよ。じゃあ、行こうか」

 

 金玉は兎児を抱きかかえて、官舎に戻ろうとした。


 途中、金玉を呼ばわる声が聞こえてきた。あの二人だ。


「金玉やあい、どこだ?」

「私が悪かった。戻ってきておくれ」


 さらに近づいていくと、ケンカの声が聞こえてきた。


「このクソバカ野郎!

 おまえがケダモノのようなことをいうから、金玉が怖がって逃げちまっただろうが!」


「そ、それはその……可能性の一端を示したままであって……」


「だいたい美少年性愛文学ボーイズラブで、三秘3P四秘4Pはアリなのか?

 基本は、受と攻の関係性を描く文学だ。そこに乱交を持ち込んでみろ。


 金玉が朱帰に何かして、そのうえおれたちが金玉に何かするのか?

 一気にソドム百二十日になって、心理描写もへったくれもなくなるじゃねえか!」


「ぐぐっ……貴殿の言う通りだ……」


 いつもは何かと言い返す申陽も、この時ばかりは反論しなかった。


 反省してるようだし、そろそろ出ていってもいいかな。

「二人とも、おはよう」


「おおっ、金玉!」


「ああ、金玉。誤解しないでくれ。

 私は淫蕩な化け猿なんかではないんだ。

 ただちょっと、頭に浮かんだことをいっただけで……」


「もういいよ。それより二人とも……」


 金玉は兎児を抱いたまま、彼らを見据えていった。


「ぼく、結婚するまで、絶対にしないから!」


「そ、それはどういう……」

 申陽はうろたえていった。

 

「そのままの意味だよ。わかるだろ?」


「いや、おまえは童貞喪失した方がいいって話じゃねえのか?

 よく言うじゃねえか。『男は度胸! なんでもためしてみるのさ』ってな」


 肝油は、さらりと古典を引用した。


「兄さんみたいなこといわないでよ!

 ぼくは初めては、赤い縄で結ばれた人としかしたくないんだ!」


「ああ、金玉……私たちは愛し合っているんだろう?」

 申陽は哀れっぽい声でいった。


「ぼくと結婚したいなら、父さんと母さんに言ってからにしてよ」


 この時代の結婚では、親が絶大な発言力を持っている。

 女性を好きになったら、本人にいうより先に、親に婚姻を申し込むのが当たり前だった。

 金玉の家柄なら、この発言は至極もっともなことである。


「おお、そりゃそうだ。結婚するなら、親御さんに申し込まないとなあ」

 肝油は、いきなりがらりと態度を変えた。


「妖怪に息子をやる親などいない、それなら勝てる」と思ったからである。


「さあ、帝のところへ行かなきゃならないんだろ。

 朝ごはん食べて、早く行こうよ」


 金玉は、白い頬をうすくれないに染めて、ツンとすましていった。

 そして白兎を抱いている。

 その様子は、まるで雪を抱いた紅梅の花のようであった。


「わ、わかった。そうしようか……」

 申陽は金玉にそっけなくされながらも、その恋情はますます募っていくのであった。



 ――かくして三人は、都へと進んでいく。


 大きな河を船でわたっている途中、肝油は金玉にたずねた。


「ところで、そのウサギはなんだ?」

「月に棲んでたけど、迷子になっちゃったんだって」


 金玉は兎児を懐に入れたまま、そう答えた。


「ハハハ、金玉は夢見がちだな。まあ、腹が減ったら食えばいいさ」


 肝油にとっては、ウサギ=食料品だった。


「そうだ――ねえ申陽さん、月の女神の嫦娥さまの

 ところへ行くには、どうしたらいいかな」


「嫦娥さまは、天上界に住まわれている。

 凡俗の人間や、妖怪が行けるところではないぞ」


「ぼく、思ったんだ。嫦娥さまなら、ぼくの呪いを解いて

 くれるんじゃないかって……ねえ、何とかならないの?」


 金玉はそういって、そっと申陽の腕にふれた。

 そして切ない瞳で見上げた。

 無意識のうちに。

 意図せず。


「わ、わかった。何か考えておくよ」

 申陽は顔を赤らめて、そう答えた。


「まずは、帝のところへ行こうか。

 それからゆっくりと、月への道を探そうね」


 金玉は、ふところの兎児に話しかけて、もふもふと撫でた。



 童貞神、兎児のご加護のゆえか、金玉は童貞を固く守ったまま、旅を続けていくことになったのであった。

 ……だが、いいのだろうか? 本当にそれで……。


 以下、次号!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る