17 裁判官の朱帰が現れ、争いに決着をつけるのこと

 さて、裁判である。

 肝油が先に使いを出して「とっとと法廷を開けろ」といっていたので、街に到着しだい、裁判が開かれることになった。


 広間には、裁判官の椅子と、警護の者たち。

 彼らは申陽の姿を見て、脅えたような表情をしている。


 金玉と申陽、ならびに肝油は、広間で頭を伏せて、裁判官の登場を待つことになった。

 しばらくすると、おつきの者がこう読み上げた。


「――では、これより事件番号八千百一の法廷を開庁する。訴訟人は肝油将軍だ。彼は彭越山に住む申陽と申すものに、妻の金玉をさらわれたと主張している。今からめいめいの言い分を聞くので……」


「なに、金玉だって? ――顔をあげよ」

 裁判官は、金玉に声をかけた。

 椅子に座っていたのは、端麗な容姿の、なかなかの美青年であった。


「あっ、兄さん?」

 そこにいたのは、父の弟の朱帰であった。

 叔父であったが、彼がまだ二十代と若いので「兄さん」と呼んでいたのだ。


「金玉! おまえが行方不明になったときいて、心配してたんだよ」

 朱帰は裁判官の席を立って、金玉のほうに駆け寄っていく。


「兄さん、ぼくは無事だよ!」

 二人はしっかと抱き合い、再会の喜びに涙した。

 が……。


「おまえのお母さんは、気落ちのあまりに病気になってしまったよ」

 朱帰はそう言いながら、金玉の頬に音をたてて口づけした。


「大変だ! 早く、ぼくが生きてるって知らせなきゃ」


「そうだな。だが、まずはこの裁判を終わらせよう」

 そして、金玉の尻を撫でまわした。


「さあ、金玉はこちらへきなさい」

「うん」

 朱帰はもとの位置につき、金玉を横抱きにして、自分のひざの上に座らせた。


「おいっ、何やってるんだ?」

 肝油はたまらず抗議した。


「――何か?」

「あんた、金玉の親戚なのか? だとしても、おかしいだろ! その密着ぶり!」


「その通り! 男女七歳にして席を同じゅうせず――男同士といえども、

 みだりに尻をさわるなど、あってはならないことでしょうが!」


「そうなの? 兄さんはいつもこんな感じだよ」


 金玉はケロッとして答えた。

 親戚の者には満月の呪いが効かないので、すっかり気を許していた。


 朱帰が過剰なスキンシップをとってくるのにも「兄さんだから安心」と思っていた。

 気を許しすぎではないだろうか?


「――皆の者、静粛に! さあ、裁判をはじめようか。

 肝油将軍は、申陽に妻をさらわれたと主張しているが……」


「兄さん、そんなのウソだよ。肝油は山賊で、ぼくを誘拐したんだ。

 ぼくが襲われていたところを、申陽さんが助けてくれたんだ」


 金玉は、朱帰に抱きかかえられたままいった。


「うんうん、そうかい。金玉がいうなら、そうなんだろう。

 じゃあ、申陽は無罪――っと」


「おい、真面目に仕事しろよ!」

 肝油は大声で叫んだ。


「では、証人を呼ぼうか。同居していた琳倫と宝砂、こちらへ」

 別室から、少女二人が呼び寄せられた。


「申陽は、君たちを誘拐したのか?」


「いいえ、とんでもありません。私たちは駆け落ちして、

 山で迷っているところを、申陽さんに助けてもらったのです」


 宝砂がいい、琳倫もそれに同意した。

「とってもご親切な方ですわ」


「なるほど。では、申陽と金玉の関係は?」


「金玉くんは、申陽さんの家の前で、盗賊に襲われていたのです。

 その盗賊は、今は肝油将軍と名乗ってるようですけれど……。

 それで、私たちと一緒に、しばらく暮らすことになったのです」


「肝油将軍、どうかね。

 彼らは、君が山賊だったと主張しているが」


「……そ、そりゃあ、なんですな……、

 だが、本当のことを言ってるとは限らないでしょうが?」

 肝油は語気鋭くいった。


「どういうことかね」


「昔っからあのあたりでは、猿の化け物が女をさらうという話が伝えられてますぜ。

 良家のお嬢さんたちが『化け物に手籠めにされた』なんて、外聞が悪くて言えねえに決まってますよ」


「ふーむ、それもそうだ……どうかね、二人とも。この件は内密にしておく。

 さらなる被害者を出さないためにも、真実を言ってくれないかね」


「そんな、私たちはべつに……」


「ねえ、宝砂。

 あなた、宝玉君がきてからしばらく、私の部屋にこなかったわね?

 その時、どうしてたの?」

 琳倫はトゲのある調子で、隣の宝砂に質問した。


「そ、それはその……あの日だったのよ。ひと月に一度の……」


「ふうん……あなた前に、生理中でもいいから抱いてくれって、私のところにきたわよね? あんなにお盛んだったのに、どうしたっていうの?」


「それは、月経が終わりかけの時だったでしょう?

 宝玉くんがきた頃は、体が重くて、本当に疲れてたのよ」


「さあ、どうだか……良い男が現れた途端に疲れるなんて、変わったお体だこと」


「もう、また私を疑ってるの? 私たち、これから結婚するっていうのに!」


「結婚するからこそ、疑惑の種は消しておきたいのよ。お願い、本当のことをいって! 一夜のあやまちなら許してあげるから!」

 琳倫は、目じりに涙をうかべている。


「――二人ともやめてよ! ぼ、ぼくは、申陽さんと……その……」

 金玉は、申陽に抱き寄せられた時のことを思い出して、ぽっと顔を赤らめた。


 だが周囲の者は、当然のことながら、それ以上を想像をした。


「あらあら……そうなんですの。申陽さんも、意外と手が早いわね」

 琳倫は心なしかホッとした様子で、軽口を叩いた。


「まあ、おめでとうございます。私たち二組で、結婚式をあげません?

 きっと素晴らしい記念になりましてよ」

 宝砂は、心から金玉たちを祝福した。


「どうやら、彼女たちは本当のことを言っているようだね」

 朱帰は、少女たちのあけすけな物言いに、ゲップが出そうだった。


「肝油将軍、君の訴えはしりぞけなくてはならないな」

「うぬぬ……」


 その横で、申陽は「そら見ろ」とでも言いたげに、すました顔でいる。


 まあそもそも、朱帰は金玉の両親から「息子が山賊にさらわれてしまった」と聞いていたわけなのだが。


「兄さん、肝油は将軍だなんていってるけど、本当は山賊なんだ。

 このまま放っておいちゃよくないよ」


「そうなのかい。でもね金玉、それは別件だな。

 肝油が山賊行為をおこなっていたかどうかは、また調査が必要になる。

 また、肝油を任官した者にも聞き取りが必要だろうね。

 その件は、また日を改めて調査しようか」


 そして、肝油にそれとなく目くばせをした。


 肝油は、あらゆる方面につけ届けをしていた。

 法曹関係者にも行っていた。

 そのため朱帰は手心を加えて、肝油の正体については追及しなかった。


 ――大人社会は汚かった。


「ふうん……そんなものなの?」


「そうだよ。金玉も大人になればわかるさ。


 つまりこの件は、金玉を巡って申陽と肝油が争っていたのだな。

 だが――残念ながら、二人とも金玉と結婚することはできない!」


「なぜ!」

「どうしてなんですかい」

 金玉の親戚から突き付けられた言葉に、二人は動揺した。


「それは……」

 朱帰は何を語るのであろうか?


 以下、次号!

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