16 申陽は、我は大糖帝国の臣民なりと主張するのこと
肝油は刀を抜いて、申陽につきつけた。
「おれの妻をたぶらかしやがって……成敗してくれる!」
だが、申陽は平静な様子で返した。
「私とて、この
善良な民を切り殺すというのですか?」
「おまえ、どこからどう見ても妖怪そのものだろうが!」
「証拠の書類はここに」
申陽は懐から書きつけを取りだして、肝油に見せた。
「……おい、おまえ。読んでみろよ」
肝油はついてきた文官の一人に、書類を丸投げした。
「はいはい、えーと……確かに
この者の父母の名前も明記されてますし、書類に問題はありません」
「――ってえことは、なんだ?」
「この者は、大糖帝国の民であるということです」
申陽の父母は、我が子が妖怪と人間の世界、どちらでも暮らしていかれるようにと、戸籍を取っていたのだ。
「だからって、女をさらっていいってことにはならないだろうが!」
「では、裁判で決着をつけようではないですか」
申陽は書類をしまって、そういった。
「私の妻は……おっと、金玉くんは、
肝油将軍が山賊で、あなたに誘拐されて、山奥まで連れてこられたと主張しています。
それに、私は女性を誘拐したりなどしていない。
琳倫さんと宝砂さんに聞いてもらえれば、そのことはわかるでしょう。
そのことを裁判で争うのです。いかがかな?」
「……あのなあ……ふつう、ここいらでバトルシーンだろ!
美少年を巡って決闘だ!
裁判だなんだのやってて、話が進むと思ってんのか?」
「ここは文明国ですからね。法律によって決着をつけるのは当然です」
「――オホン! 肝油将軍、この者の言うことには一理ありますぞ。
ろくろく取り調べもせず、
文官が口を出してきた。
「ああ? こんなやつ、切り殺しちまえばいいだろうが」
「いやはや……肝油将軍は、最近、官に就いたばかり。
どうも功を焦っておられるようですな。
我々、仲間への『挨拶』も、まだまだのようですし」
この文官は、肝油がワイロで官位を買ったことをほのめかし、
「自分たちへのつけ届けがまだまだ不十分である、だから独断専行はするな」と言っているのである。
「……あー! これだから、宮仕えってのは面倒くせえんだよな。
わかった、わかった。
じゃあ、とりあえずこいつを捕まえて、裁判官に引き合わせるぞ!」
かくして、肝油は申陽を捕縛して、山を下りることになった。
申陽が「夜道は危ないですよ」というので、
朝になるのを待って、それからみんなで下山する。
「さっ、お嬢様方はこちらへ……さあさあ、天女様のお帰りだぞ!」
肝油の子分は、きちんと輿を用意してきた。
「申陽さん、お世話になりました」
「お礼の申しようもありませんわ」
「宝砂、私たち、幸せになりましょうね」
「琳倫……」
琳倫と宝砂は、もうお互いのことしか見えていない。
金玉たちは、徒歩で山道を下りていく。
「申陽さん、ごめんなさい……ぼくのせいでこんなことになって」
金玉は、隣で歩く申陽に謝罪した。
「なに、君のせいじゃないよ。
スモモの木の下で冠をかぶりなおしていては、スモモ泥棒と間違えられる。
琳倫さんたちを助けた時、すぐに街のほうへ連絡を入れておけばよかったんだ。
誘拐犯人と間違えられても、仕方がないよ」
「……おい、金玉」
肝油が、じっとりとした目で金玉を見ている。
「なに?」
「そいつ、本物の妖怪だぞ。なんで、平気で会話できるんだ?」
金玉は、ちょっと考えてみた。
申陽は穏やかで、どらかというと神経質なタイプだ。
お茶を飲んだり、碁を打ったり……ふつうの人と変わらない。
「だって、親切だし」
「見かけだよ、見かけ! その外見! 恐ろしくないのか?」
そう言われても……。
金玉の家には、悪鬼や幽鬼のような侍女たちが、大勢いた。
彼女たちを見慣れていたので、そこまで抵抗感はなかった。
「うーん……最初はびっくりしたけど、べつに……」
「ヘッ! もしかしておまえ、特殊性癖なんじゃねえだろうな。
もふもふしたケモノ耳がかわいいとか、
人外でなきゃダメだとか、二本差しされたいとか……」
「――肝油将軍!
申陽はぴしゃりといった。
「……このエテ公が、上品ぶりやがって!
おれはきっと、おまえの化けの皮を剥いでやるからな!」
肝油は申陽をにらみつけ、ペッと唾をはいた。
裁判の結果やいかに!?
以下、次号!
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