18 朱帰は金玉の呪いを解かんとするのこと

「私たちが金玉くんと結婚できない?」

「どういうことだよ!」

 申陽と肝油は、いっせいに反論した。


「それでは、まずは金玉の生い立ちについて語ろうか……」

 朱帰は金玉を膝からおろし、法廷を歩きながらしゃべりだした。


「――ある満月の夜、金玉のお母上は、夢を見たのだ。

 月の女神、嫦娥じょうが様が、女の子を授けてくれるといった。

 だが母上は、男の子がほしいといった。

 そこに何らかの手違いが生まれたのだろう。


 金玉は成長すると、満月の夜に、異様に男たちを惹きつけるようになってしまったのだ。

 金玉が小さい頃は、犬や猫が寝台に忍び込み、大きくなると、夜這いの男たちが次々にやってきた。

 危険なので、金玉は満月の夜は、座敷牢に閉じこもるようになったくらいだ。

 お母上は『私が嫦娥様に、出過ぎたことをいったのかもしれない』と後悔しておられたよ」


 見事に、真実をカモフラージュした話だった。


「金玉、そうだったのか?」

「うん……」

 申陽の問いかけに、金玉はうなずいた。

 こんなややこしい話、自分からは言えないので、助かった。

 

「つまり、君たちは金玉の呪いに影響されているのだ。

 満月の夜、犬や猫が集まってきたのと同じだ。

 本当に彼が好きなわけじゃない。結婚相手としてふさわしいとは言えないね」


 肝油は、満月の夜に申陽の洞窟を襲った。

 それは、火に吸い寄せられる虫のように、金玉に惹きつけられたのかもしれなかった。


「満月だと……? いや! おれが金玉と出会ったのは、まっくらい新月の晩だ。

 その時におれは、金玉に求婚したんだ。おれの愛は本物だ!」


「それならば……やはり、私の方に分がありますな。

 金玉くんは満月の晩、私に愛を告白してくれたんですよ」


 申陽のなかでは、そうなってるらしかった。

「ち、ちがうよ! ぼくは別に……」


「照れなくてもいいじゃないか。

 私に身を任せてもいいと思ったのだろう? こいつう」


「あー、クソ! むかつく!

 おまえら、やったのかよ! ええ、そうなのかよ! どうなんだよ!」

 肝油が狂人のようにわめきはじめた。


「やってないよ!」


「やったかやっていないかといわれれば、やっていないと答えるしかない。

 だが量子力学的観点からすれば、やった世界が五割で、やっていない世界が五割で、その五割ずつが重ね合わされている。シュレディンガーの猫の生死は、観測者が観測するまでわからないのだ。

 故に、我々はやったともやってないとも……」


 ――朱帰は話を続けた。

「このように、金玉は可哀そうな身の上なのだ。

 彼と結婚するのは、その呪いを解いた者だろう」

 

「そんな方法、あるの?」

 金玉は今まで、多くの医師や法士、道士に相談してきた。

 だが、誰も「わからない」というばかりだった。

 

「そうだ。君のお母上が、言っていたよ。

 『金玉が結婚して一人前になれば、呪いもおさまるかもしれない』と」


「ぼくが大人になれば治るってこと?」


「だからつまり……童貞喪失だよ。

 金玉は誰かと枕を交わせば、その呪いが解けるんだ!」


「えっ……」


 くり返すが、これは金玉の母、香月がただそう言っているだけである。


「それなら、おれが手伝ってやろう」

「いやいや、及ばずながら、私が……」


「まったく、あなたたちときたら、考えが浅いですね」

 朱帰は端正な顔をゆがめて、フッと笑った。


「なにい?」

 肝油は朱帰をにらみつけた。


「そもそも、童貞とはいかなる状態をいうのか。

 一度も女を抱いたことのない――矛を使ったことのない状態ですな」


「うむ、それには異論はない」

 申陽はうなずいた。


「君たちが金玉を抱く。それは処女喪失にしかすぎないのでは?

 矛は新品のまま――それでは真の童貞喪失とはならないッ!」


 朱帰の理路整然たる話しぶりに、誰もが反論できなかった。


「むむっ」

「で、ではどうしろと……」


「金玉、安心しなさい」

 朱帰は金玉に向き直って、肩を抱いた。


「私がケツを貸してやろう」


 ――法廷は、水を打ったように静まり返った。


「兄さん……な、なに言ってるの? そんなことできないよ!」


「ヤルんだ、金玉。

 これで君は呪わしい運命から解放される」


 解放されるかどうかは、何もわからなかった。


「だって、親戚同士でそんな……」


「もちろん、君には結婚を申しこむよ。

 私は官吏となったし、これでもエリートだ。君に恥はかかせない」


 朱帰からは、近親婚のタブーという概念は、すっぽり抜け落ちているようだった。

 

「……エリートは変態が多いっていうしな……

 親戚の年下の坊主に掘られたいってか? 極めてるな」


「金玉、その人はちょっとおかしいぞ。

 さっきから君を撫でまわしてるし、異常性を感じるよ」

 

 肝油と申陽は、口をそろえて朱帰を指弾しだんした。


 法廷に居並ぶ官吏たちは、何か恐ろしいものでも見たような顔つきをしている。

 

「ええい、黙れ、黙れ!

 金玉は私と結ばれるのだ。あ、これにて、一件落着ゥ――」


 その時、法廷に飛びこんできた者がいた。

「朱帰さま! 皇帝からのお使いです!」



 ――昔の中国では同姓不婚といい、姓が違っていれば、いとこ同士で結婚しても、べつに問題はなかったらしい!

 だが、叔父甥はアリなのか?


 以下、次号!

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