13 君子豹変し、月に雨を降らせんと願うのこと
金玉は桃源郷でのんびり暮らしていて、自分の体質のことをすっかり忘れていた。
――大変だ! 今日は満月だ。
男たちがぼくに襲いかかってくる日だ!
そして近くには白い猿の化け物(オス)がいる。
金玉は泡を食って逃げ出そうとしたが――待てよ。
申陽はいつも通りで、何も変わらない。
……もしかして、妖怪にこの呪いは効かないのかな?
確かに、そうかもしれなかった。
申陽が金玉を追いかけ回したことなど、一度もなかった。
金玉は様子を見るため、申陽に近づいてみた。
露台からは、下界をはるかに見下ろせる。まあ、今はまっくろい森しか見えないけど。それと、天にかかる月。
彼は、静かにその風景を眺めているだけだ。
……大丈夫なのかな?
彼は妖怪だけど、風情を解し、とっても穏やかな人だ。
もしかしたら、ぼくは妖怪の世界で生きるほうが、平和に暮らせるのかもしれないな。
ああ、ぼくの人生にも希望の光が見えてきた!
――空には、美しい満月がかかっている。
かつて金玉は、こんなにも穏やかな気持ちで、月を見たことはなかった。
だから言った。
「月がきれいだね」
「ああ……こんなにも美しい月は、見たことがない」
どこかで、カラスの鳴き声がした。
「夜なのに、カラスが鳴いてるよ」
金玉は、ただ単に思ったままをいった。
――すると、急に雲に月がかかった。
そして、生温かく湿っぽい風が吹いてきた。
申陽がいった。
「雨になりそうだな」
「うん……」
金玉は、あくびが出そうになった。
そういえば、今は真夜中だったっけ。
「そろそろ寝ようか」
申陽はいきなり、金玉の肩をがっしりつかんだ。
「金玉……私も同じ気持ちだ」
「へっ?」
「君は私に歌を贈ってくれただろう。
落花生は殻のなかに実がふたつ――君の名前は金玉だ。
これは倭国では、男性の二つの
その君が、実が二つある落花生のことを歌っている。
つまりは、落花生とは君の
確かに、ふざけて落花生の歌を詠んだことはあるが……。
「尖った先っぽの下を爪で押して――もちろんこれは
そこから割れ目を広げていって――かぶさっているものを押し広げるのだろう。
そうすればきれいに剥けるんだ――これは言うまでもないだろう。
つまり君は、私に『ぼくを剥いて食べてほしい』といってるんだね。
落花生に二重の意味を持たせるところなんて、まったく恐れ入ったよ」
この人は、いったい何を言っているのだろうか……。
「かつて、殷の時代の
『愛している』と直接言うのは、はしたない。
『月がきれいですね』とするのが、慎みがあって良いと言われた。
――金玉! 私は君のように美しい人は見たことがない」
金玉の魅力は、申陽には通じなかったのだろうか?
そんなことはまったくなかった。
「だが、私は妖怪の血が濃い。
君のような貴公子には、不釣り合いだろうと思っていた。
だが君はこう言ってくれた。
『夜にカラスが鳴いている』と。
周の時代、詩人の腸胃は女のところに忍び入った。
女は『私は身分が卑しく、色が黒く、おまけに料理が嫌いです。
あなたの妻となるべき者ではありません』と断った。
だが、詩人はこう答えた。
『ほら、あの夜更けに鳴くカラスの声が聞こえるか。
鳥は昼にばかり鳴くものではない。人の好みはそれぞれだ』といった。
そして、この詩を吟じた。
月落烏啼星満天 月落ち、カラス鳴いて星天に満つ
蓼食虫性癖好好 蓼食う虫は好き好きで、性癖はそれぞれだ
割鍋綴蓋何許人 割れ鍋に綴じ蓋だという、私は何でも許せる
夜半嬌声到絶頂 夜半ばを過ぎて、嬌声と共に絶頂を迎えよう
君はこの詩に託して、私が良いと言ってくれたんだね。うれしいよ」
金玉の満月の呪いは、今も変わらずに発動している。
ただ申陽は、持ち前の理性で己をおさえていただけだ。
「――ある時、楚の懐王は、名前も知らない美しい女と契った。
その女は『私は朝には雲となり、夕方には雨となる者です』と、自分の正体を明かした。
女は神だったのだ。
このことから、恋人同士の交わりを巫山の雲雨というようになった。
ああ、君の美しい顔に、私の雨をしとどに降らせてやりたい!」
教養が深すぎて、何を言ってるのかよくわからなかった。
「金玉……君はなんて素晴らしいんだ。
その美貌、知性……愛している。結婚してくれ!」
申陽はストレートにいって、金玉をがばっと抱きしめた。
「し、申陽さん……」
ちがうちがうちがう、何もかもすべて誤解なんだ!
金玉は申陽の腕から逃れようとしたが――もふっとしていた。
それは、幼い頃、寝台に忍び込んできた犬や猫を連想させた。
ふわふわ……あたたかい……。
これって、ちょっといいかも?
申陽は、これまで金玉が出会ったきたなかで、最も
――嫌いな人じゃない。でも……!
ああーっ、ぼくはどうしたらいいんだ?
申陽は金玉の顔をあげさせ、口づけようとした。
ハッとした金玉は、慌ててこう言った。
「だめっ、月が見てる……」
申陽は、心得たとばかりに応じた。
「見せつけてやるさ」
――このまま朝チュンなのか!?
次回をお楽しみに!
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