12 洞内に奇怪な声がひびくのこと

 美少女たちと愉快な日々を送っていた金玉であるが……。


 ある夜、金玉はふと目がさめた。

 洞窟内の部屋には明かりとりの窓があいていて、そこから月光がさしこんでくる。


 もう一度眠ろうと思ったが、寝つけない。

 輾転反側てんてんはんそくするが、同じだ。


 金玉はむくっと起き上がって、手燭を片手に室の外に出た。

 外の空気でも吸えば、気がまぎれるかと思ったのだ。


 どこやらから、話し声が聞こえてくる。

 なんだろう?


 洞内は、断崖を縦にくりぬいた形になっている。

 手燭を持って、階段を上がっていく。


 近づくと、宝砂と琳倫の部屋の扉から、明かりが漏れていた。

 もしかして、二人ともまだ起きてるのかな?


 でも、彼女たちとは不思議なご縁だな。

 ぼくが山賊にさらわれて、妖怪を介して、出会うなんて。


 もしかしたら、ぼくはあの二人のうちのどちらかと、赤い縄で結ばれてるのかも……なーんてねっ。


 金玉は胸にときめきと、ちょっとのよこしまな期待を抱いて、彼女たちの部屋に近づいた。


 いや、待てよ。

 夜中に女性たちの部屋へ行くなんて、どうだろう。

 君子くんしじゃないよな。


 金玉がためらっていると、中からかすかな声が聞こえてきた。


「……ああ、琳倫……」

「宝砂……また……」


 二人の声は、いつもとは違って妙に艶を帯びていた。


 金玉はいけないと思いつつ、扉の隙間から中をのぞいてみた。


 ――なんと!


 彼女たちは全裸になって、ひとつの寝台の上にいた。


「ねえ、琳倫、お願いよ」

「もう……宝砂ったら」

 琳倫は、宝砂の乳房をぎゅっとつかんだ。


「あなたったら、まるで雌牛のような胸をしていてね。

 そんなだから、乞食のように欲しがるんでしょう」


「琳倫のいじわる……あなたがわたしをこんなにしたんでしょう?」


 宝砂がそういうと、琳倫は彼女の頬に口づけた。


 ――琳倫と宝砂は、そういう関係だったのか?

 金玉の淡いときめきは、こなごなに砕け散った。


「それじゃあ、あなたはどうしてほしいのかしら?」

「わかってらっしゃるでしょう? ここ……」


 宝砂は琳倫に向かって、股をおっぴろげた。

 金玉はぐっと前のめりになったが、こちらからは秘所を見ることはできない。


「フン、まるで牛がよだれを垂らしてるようね。

 恥ずかしいと思わないのかしら」

 琳倫は、冷たく言い捨てた。


「ああ、琳倫、お願いだから……」


「あなたったら、金玉くんに色目をつかっちゃって。

 この汚い花瓶につっこんでもらえれば、何でもいいんじゃないのかしら?」


 琳倫は、右手を宝砂の股の間に差し入れた。


「そんなことはないわ……ああうっ!」

 宝砂は色っぽい声をあげて、びくんと体をそらせた。


「このメス豚! わたしの目をごまかせるとでも思ってるの?

 ちょっと良い男が現れたからといって、デレデレしちゃって!

 わたしから金玉に乗り換えるつもりね!」

 

 琳倫の口汚さはどうしたことだろう。

 ふだんのたおやかな振る舞いとは、まったく別人だ。

 

「ああっ、琳倫……私には琳倫だけよ!」

「お黙り、この淫売! こらしめてやるから!」


 琳倫はそういって、宝砂の股の間に顔をうずめた。


「ああっ、あーっ! 琳倫……ああ、もっと!」

 宝砂は我を忘れて、大声で叫んでいる。


「あなたばっかり何なのよ! ほら、おなめ!」

 琳倫は宝砂を叱りつけ、その顔の上にまたがった。

 

「もう、このヘタクソ! ああ、そうよ……あうっ」

 琳倫もまた、喜悦の声をあげはじめた。


 そして彼女たちは、上になり下になりして、お互いをむさぼりあった。

 まるで龍虎相つの様相である。


「あおおーっ」

「うおおーっ」

「どりゃああーっ」

「ぬおおーっ」


 そして、どすんばたんと大さわぎである。


 ――女同士ってのは、激しいんだな……。

 金玉は興奮するより先に、その大音声にびっくりしてしまった。


「――金玉くん」


 突如、声をかけられた。

 背後に、手燭をもった申陽がいる。


「……ち、ちがっ! ぼくは、あの、その……」

 これではまるでデバガメではないか。

 その通りだが。


「話がある……」

 金玉はそう言われて、申陽のあとについていった。


 ――ちがうんだ! ぼくは覗き魔じゃない!

 そう反論したかったが、言い訳するのもみっともないと思ったので、黙っていた。



 金玉は階段を上って、猿陽の私室にたどりついた。

 窓からは、月の光がさしこんでいる。


「ぼ、ぼくはその、あの、声が聞こえたから……」

「君にも聞こえただろう?」

「ええ、はい……」


「――うるさいんだ」

 申陽はいって、大きなため息をついた。


「べつに毎晩ってわけじゃないが、あの騒ぎだ。

 最初は何事かと思ったよ」


 確かに、ものすごい声だった。

 百デシベルくらいはあったろう。


「仲良きことは美しきかな

 だが……うるさい。なんであんなに激しいんだ?

 もっと静かにできないのか?」


「じゃあ、そう言ったらどうですか?」


「言えるわけないだろう! 房事ぼうじの音が響いてますよなんて!

 他の召使いたちは、何も気にしてないふうだし。

 ああ、私はどうすればいいんだろう……」


 そういえばこの人「妖怪の世界はうるさい」と、人間界に引っ越してきたんだったな。

 金玉は、同情心を抱いた。


「じ、じゃあ……ぼくが街に帰る時に、あの二人も一緒に帰ればいいんじゃないかな?

 彼女たちにだって、家族はいるんじゃないの。

 いつまでも、人の家で厄介になってるわけにもいかないし。

 明日、その話をしてみるよ」


「そうか……そうしてくれるか、ありがとう……」


 申陽は少しは気が楽になったのか、

 金玉のもとを離れて、露台につながる扉をあけた。

 ここは洞内のてっぺんにある。


 さあっと月の光が差し込んできた。


 ――空に浮かぶは、まるい月。


 あれっ? もしかして、今日って……満月?



 ――次回に続く!

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