バカルディ
バカ、バカ、と合言葉のように言っていた時期があった。バカとは馬鹿の事ではない。バカルディの事である。バカルディカクテルには逸話がある。裁判で、バカルディカクテルはバカルディ社のラム酒を使わないとバカルディとは呼べない、との判決が下ったのだ。当然ながら私たちが飲んでいたバカルディカクテルはバカルディ社のラムは使用していなかった。安物のラム酒だったので、バカルディもどきと言うべきなのかもしれない。
ある日、レイたんのおっぱいを下から見ていた。レイたんのおっぱいは下から見ても絶壁であった。
「マーくん、そのバーテンダーズマニュアルは偽物か?」
この頃になるとレイたんは私の事をマーくんと呼び始めていた。ちなみに、私の名前にまの文字は一切使用されていない。
「はあ!?そんなわけねえだろ。文字も読めねえのかよ」
と言い合いながらレイたんの架空の胸を揉みしばこうと空中で手をもみもみした。私の奇行を無視してレイたんは続けた。レイたんの言い分はごもっともだった。要するにシェーカーを使ったカクテルを出せよとのこと。あのバーテンダーが持ってシャカシャカと酒を混ぜ合わせる道具をシェーカーと言う。冷蔵庫にあるラム酒とライムジュースを使ってシェイクするカクテルを調べたら、バカルディカクテルが見つかった。作り方は単純だ。ラム酒とライムジュースにグレナデンシロップをシェイクしてグラスに注ぐ。グレナデンシロップとはザクロ果汁のシロップであり、上手くシェイクできると桜色のカクテルが出来上がる。
ということで、いざシェーカーとグレナデンシロップを買いにドン・キホーテに出向いた。あの頃の私はドン・キホーテにこの世の全ての物があると思い込んでいた。実際、ドン・キホーテにシェーカーもグレナデンシロップも売っている。
「マーくん、マーくん。ほらアレ着てあげようか」
と、コスプレ衣装を指さすレイたんに
「似合わないから止めた方が良いですよ」
と、私は冷静に答えた。コスプレが嫌いなわけではない。しかしそれは似合っていればの話である。
「ならアレは?」
「だから、およしなさいって。鏡を見てごらん。あなたの唯一かわいらしいお胸さんにあの衣装たちは似合いませんよ」
「ならアレならどうよ」
と、女装用コスプレ衣装を指さす。
「一応言っておくけど、アレを買ったら今日から禁酒ですから」
と、私は答えた。単純明快な理由。ただでさえ少ない可処分所得をコスプレに使う余裕などなかった。
「は?なんでよ??」
と、心底不思議そうにレイたんは答える。湧き水の如く酒は無料で飲めると思っているのだろうか。
「冷蔵庫にあるじゃん」
と、一拍おいてレイたんは答えた。冷蔵庫を酒が無限に湧いてくる泉と勘違いしているのか。
「もうええから。ほら、必要な物だけ買ってすぐ帰るよ」
と、諭すとレイたんは口を窄めて不満そうな顔をするもすぐにあの酒の入った魔法瓶を取り出して一口飲んだ。新鮮なアルコールの香りした。
私たちはシェーカーとグレナデンシロップを買って、帰り道の近所のスーパーで氷を買って帰宅した。
シェーカーは上からトップ、ストレーナー、ボディの3つ部品が1つになった物だ。トップは注ぎ口蓋。ストレーナーは上から1/3程度の箇所で、これを外してボディに酒や氷をいれる。
帰宅して直ぐにカクテルを作り始めた。レイたんがラム酒をラッパ飲みしている横でシェーカーのボディに氷を入るだけ入れる。水を注ぐ。軽くかき回して水を捨てる。
次にレイたんからラム酒を取り返す。
「やんのか?コイツ!」
と、息巻く酔っぱらいを無視してラム酒とライムジュースを氷のつまったボディに注ぐ。それから、グレナデンシロップをスプーン一杯分入れる。ここからバーテンダーがやっているあのシャカシャカを行うわけだが、これが難しかった。
「ついに振るんですね!」
と、すこし興奮気味に口にするレイたんを横目に、私はポケットから煙草を出した。トントンと叩いて出てきた煙草を摘まんで口に咥えた。「早く作れよ!早く!!」と横から響く騒音を無視して火をつけて紫煙を大きく吸った。汗で湿気った煙草は不味かった。「マーくん、早くしろよ」と、言い続けているレイたんに「これから集中力のいる作業になるから」と答えて、もう一息吸った。汗で湿気った煙草の苦味が口の中を広がっていく。
煙草を流し台に押し付けて一服を終えた。シェーカーを握る。シェーカーを包み込む様に右手で上半分、左手で下半分を持ち前後に振る。振っていると中の氷が暴れまわりストレーナーが外れそうになる。というか、実際に外れて中身をぶちまけてしまった。
「もったいない……」と言うと、レイたんは床にこぼれた酒を口で吸う。私は服を脱いで半裸になりながらその姿を見ていた。
「次は私にやらせて」
と、赤い顔でシェーカーを奪うと、サクッとラム酒とライムジュースを入れて、シャカシャカシャカシャカシャカシャカ……、と軽快な音をたてながら振った。こういうヤツなのか、と私は思い知らされた。
「ほら、コップ!」
と、レイたんが言う。私はその声を聞いて我にかえった。シェーカーのトップを外しコップへ注がれたバカルディカクテルは、淡いピンク色をしていた。
レイたんはそんな事は気にせずにカクテルを注ぎ終えた瞬間、一気にあおった。
ぷはー、とまるで真夏のビールを飲み終えたかのような声をあげた。
「あれ?俺の分は??」
「自分で作れば?」
この後、数回失敗してようやく私もバカルディカクテルにありつけた。裸でシェーカーを振っているとチンコがそれに合わせてプラプラ揺れた。
ザクロの薫りを嗅ぐと、今でもこの日を思い出してしまう。
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