竜めづる偽の姫君

香久乃このみ

第1話 身代わりの花嫁

「今すぐそのドレスを脱ぎなさい、エレナ!」

 竜の護る小さな屋敷の部屋の中。まなじりを吊り上げるロクサーヌ様を前に、私はただ当惑していました。

「ドレスを、ですか?」

「えぇ、そうよ。そして、さっさとわたくしのものと交換するの。ほら、脱がせなさい」

 そう言ってロクサーヌ様は、くるりとこちらへ背を向けます。

 仕方なく私はロクサーヌ様のドレスを脱がせ、自分の脱いだものをお着せしました。

「あの、ロクサーヌ様。これは一体……」

「いいこと、エレナ。たった今から、あなたがヴァリアナ王国第6王女。そしてわたくしがあなたの代わりに男爵令嬢を名乗るわ。いいわね?」

 男爵家の私が王女を名乗り、王女であるロクサーヌ様が侍女を名乗る?

(なぜこんなことに……)




 私たちの住むヴァリアナ王国は、守護竜様の加護を得て繫栄してきた国です。これは夢物語ではありません。敵が攻めて来た時など、いつも守護竜様が先陣切って追い払ってくれていました。私もその様子を見たことがありましたが、勇壮なその姿に目を奪われ、心躍らせたものです。

 ただ代価として王家は50年に一度、王女を花嫁として守護竜様の元へ嫁がせるという取り決めになっていました。守護竜様にとって、王女陛下と愛し合うことで得られる生命力は、その身を保つのにとても大切なことなのだそうです。




「話が違うわ! 竜と言っても花嫁の前では美しい男の姿に変身する、だから問題ない、そう聞いていたのよ? でもあの竜、どこからどう見てもただの竜じゃない!」

 その伝説は、私も耳にしたことがありました。王女をめとる際、守護竜様はこの世の者とは思えないほどの美しい男の姿になると。

 けれど私たちを出迎えた守護竜様の姿と言えば、黒光りする鱗で覆われた見上げるほどの巨躯きょく。蒼銀色の角に、同じ色の眼。そして大きく裂け、牙の覗く珊瑚色の口。背にはコウモリのものによく似た大きな翼。

 巨大なドラゴンそのものの、いで立ちだったのです。

 そして恐怖と怒りに震えるロクサーヌ様に向かって、守護竜様は尊大にこう言い放ちました。



「俺のこの姿が不服か? ふん、親父の代までは貴様らに気を使ってニンゲンの姿になってやっていたらしいがな。なぜニンゲンごときに、上位種である俺が合わせてやらねばならんのだ。俺は貴様らに媚びるつもりはない。国を守ってほしくば、この姿の俺を受け入れろ」



「そう言うわけだから、エレナ。わたくしの代わりにあなたがあの竜の花嫁となりなさい。……嫌いじゃないでしょう?」

 そう言ってロクサーヌ様は意味ありげに口角を上げました。

「で、ですがロクサーヌ様、私は王家の人間ではありません。守護竜様に生命力を与える役目など、とても果たせようがありません」

「うるさいわね。わたくしにバケモノの花嫁になれと言うの? 同じベッドで休んだ日には、寝返り一つで潰されちゃうわ」

「ですが、もう顔合わせも終えてしまいました。どう誤魔化すおつもりですか?」

「あなたが何とかなさい!」

(そんな……)

「あーぁ、人の姿になった竜は絶世の美男子だと聞いてたから、我慢して受け入れたのに! やってられないわ!」

 ロクサーヌ様はすっかり不貞腐れてベッドに寝転がってしまいました。



 王女陛下のドレスを身に着けた私は、仕方なく守護竜様のいらっしゃる洞窟内の広間へと赴いたのです。


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