第22話:森でピンチになりました

 さいわいアーロンの容態は、翌日にはよくなっていた。


「心配かけたな」

「本当よ! 死んじゃうかと思ったんだから! これからは無理しないでよね!」


 クレアがむくれながら言うと、アーロンがじっと見つめてきた。


「おまえ、もしかしてそばにいてくれたのか?」

「え?」

「寝ている時におまえの声が聞こえた気がする……」

「クレア様がずっと看病してくださってたんですよ!」


 ミッシーが言うと、アーロンが少し驚いたように目を見開いた。


「そうか……すまなかった」

「そこはありがとう、でしょ」


 なんだか照れくさくてクレアは視線を外した。


「じゃあ、私はクコの実でもとってくるわ」


 滋養強壮にいい木の実をとって、アーロンに食べさせるつもりだった。


「森に行くのか? じゃあ、俺も行く」


 アーロンが起き上がりかけたので、クレアは猛然と抗議した。


み上がりなんだから、今日は大人しくしてるのよ!」

「だが森は危ない」

「そんな深いところまで行かないわよ。畑仕事をしている人の近くにいるから!」


 何か言いたげなアーロンに、クレアは強くうなずいてみせた。


         *


「ここどこ……」


 クコの実を探しに森に入ったクレアはすっかり道に迷ってしまっていた。

 森には様々な木の実がなっており、あれもこれもと収穫しているうちに人がいない場所まで来てしまった。


(ほら言わんこっちゃない)


 アーロンの声が聞こえるようだ。


(あいつ、何か言いたそうにしてだけど……やっぱりこういう事態を想定していたのかな)


 本当に無茶をするつもりはなかったのだ。

 ただ、夢中で木の実を取っていただけなのに。


「落ち着け。大丈夫よ。言っても人の足で来られる程度の距離なんだから。いざとなったら、猟犬を連れて探しに来てもらえるわ」


(アーロン、きっと怒るだろうな……)


 想像するだけで胃が痛い。

 お腹を押さえた瞬間、ガサッと不吉な音がした。


「え……」


 木々の間から茶色の大きな塊が見える。


(何あれ……)


 茶色の物体はゆっくり近づいてくる。


「嘘でしょ……」


 それは剛毛に覆われた雄のイノシシだった。

 悪寒が背筋を這い上った。


 以前、イノシシと遭遇して一度勝っているのは事実だ。

 だが、あれは運が良かっただけだ。

 追ってきたイノシシが足を滑らせて切り株にぶつかったのだ。

 衝撃にたまらず動きが止まったイノシシを、クレアは必死でナイフで刺して倒した。


(そんな幸運が二度もあるわけない!)


 ガッガッと前足で地面をかくと、イノシシが猛然と襲ってきた。


(やばい!)


 クレアは籠を捨てて駆け出した。

 直線で走るのは勝ち目がない。

 野生動物の方が圧倒的に足が速い。


「うわわ!」


 クレアはジグザグに逃げたが、森の中で足場が悪くスピードが出せない。

 あっという間に距離を詰められる。

 イノシシの牙で突き上げをくらえば、出血多量で死ぬかもしれない。


「えいっ!」


 クレアは無我夢中でジャンプした。


「あっ!」


 飛んだ先に地面がなかった。

 クレアはずざざっと斜面を転がった。

 その横をイノシシが転がっていく。あっちも勢い余ったらしい。


「んぐっ!」


 クレアはなんとか地面から突き出ている木の根っこをつかんだ。

 細いが、なんとかクレアの体重を支えてくれる。


 クレアは足元を見た。

 ほぼ直角に見える急斜面だ。

 転がり落ちたイノシシの姿がもう見えないくらい深い。

 ところどころ岩も出っ張っていて、落ちたらただでは済まないだろう。


(これ、ヘタしたら死ぬんじゃ……)


 クレアはなんとか這い上がろうとしたが、斜面の表面は柔らかくて踏ん張れない。


(腕がちぎれそう……)


 自力ではとても持ち上げられないし、しかも長くはもたない。


「助けて……」


 無駄だと思いつつ、クレアはしんと静まり返る森に向かって叫んだ。


「誰か助けて!!」


 ずずっと手が滑る。手のひらがすりむけて傷みが走った。


「アーロン!!」

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