第20話:弱っている王子は初めてです

「クレア様!!」


 暇でやることがないので、農園で果物の収穫を手伝っているクレアの元に、ケネスが走ってきた。


「ど、どうしたの?」


 つまみ食いがバレたのかと、クレアは慌てて果物を飲み込んだ。


「アーロン様が倒れました!」

「ええっ!?」


 クレアは驚いてケネスに駆け寄った。

 真っ先に脳裏に浮かんだのは『毒』だった。

 暗殺をくわだてている者がいると知ってからは、アーロンが口にするものはすべてクレアがチェックしている。


「何かつまみ食いしたの!?」

「は?」


 ケネスがきょとんとする。


「いつもの過労だと思います。熱があるので寝室に寝かせています」

「いつもの過労って……」

「アーロン様はご自分の体調に無頓着なところがありまして……つい無理をして、数ヶ月に一度倒れるのです」

「馬鹿じゃないの!?」


 毒ではないと知ってホッとしつつも、ここ最近、寝るも惜しんで書類のチェックや領地の見回りをしていたことを思い出す。


(大丈夫、って言ってたけど、全然平気じゃないじゃないの!!)


 クレアは馬にまたがり、ケネスと共に城に戻った。


「アーロン!!」


 派手に扉を開けて寝室に駆け込んだクレアに、室内にいたミッシーが飛び上がる。


「クレア様! お静かに!」

「あ、ああ、ごめんなさい」


 ミッシーにたしなめられ、クレアは忍び足でベッドに近づいた。


「アーロン……」


 ぐったりとしているアーロンの姿は、思ったよりもクレアにショックを与えた。

 自分がそばに来てもアーロンは目をつむったままだ。

 こんなにも弱っている姿は初めて見た。


「ちょっと、死なないでよ!」


 今、アーロンがいなくなれば自分はどうなるのだろう。

 そんな恐れがあることが、すっかり頭から抜けていた。


 アーロンは追放された日から、ずっとクレアのそばにいた。

 いつも傲慢で強気で頼りになった。


(私、アーロンがいるおかげで、安心して暮らしていたんだ……)


 クレアは自分がどっぷりアーロンの好意に甘えていたことに気づいた。


「アーロン!」


 呼びかけると、アーロンがゆっくりと目を開いた。

 その青い瞳は熱っぽく潤み、いつもの輝きはない。


(つらそう……)


 クレアは手をぎゅっと握りしめた。


「クレアか……」


 アーロンがかすれた声で自分の名前を口にした瞬間、意外なほど胸が高鳴った。


「心配するな。無理をすると時折こうなる。一日休めば熱も下がるさ」

「ほんと!?」


 クレアは思わずアーロンの手を取ってしまった。

 アーロンが少し目を見開く。


「心細いか」

「全然!」


 強がってみせたが、虚勢なのは丸わかりだろう。

 アーロンが笑みを浮かべた。


「こんな時でもおまえは面白いな……」


 アーロンが心配そうなミッシーに目をやる。


「少し何か食べられそうだ。柔らかい果物を持ってきてくれ」

「はい!」


 ミッシーの顔がぱっと輝き、素早く部屋を出ていく。


「水飲む?」

「ああ」


 クレアはいそいそと水差しからグラスに水をそそいだ。


「ふう……」


 アーロンが半身を起こし、水を口にする。


「心配するな。俺はまだ死ぬわけにはいかない」

「……どういうこと?」

「この国を立て直して安定させる。誰もが安心して暮らせる国するのが俺の役目だ……」


「お父さんじゃダメなの?」

「父の代では難しいだろうな。戦後の後始末に追われている。正式な外交も始めたばかりだ」


 アーロンがグラスを置いて、また横になる。


「あんたは何がしたいの?」

「暮らしを安定させるには雇用が必要だ。それがなければ食いっぱぐれる者がたくさん出てくる。だから、教育を充実させたい」


「学校ってこと?」

「ああ。地位や収入に関係なく、誰でも望む教育を与えたい。職業訓練の学校も増やして……。職業選択の幅を増やせれば、誰でも何らかの仕事に就ける」

「なるほどね……」


 ロキシス王国では既にある施策だ。

 子どもたちは基礎学校で無償で教育を受けられる。

 最低限の読み書きや算数、歴史などを誰でも学べるようにはしてある。


 ロキシス王国育ちのクレアにとっては当たり前のことでも、様々な小国を取り込んで統治しているミッドガンド王国では手が回らない分野なのだろう。


「国とは人だ。これから大国として繁栄するためには、より良い人材を育てて人々の生活を安定させる必要がある。できければまた乱世に逆戻りだ」

「へえええ、ちゃんといろいろ考えているんだ」


 クレアはちょっと感心した。

 アーロンが城や領地に目を配っているのは知っていたが、よもや国の未来についてここまで考えていたとは思わなかった。


(そうよね。順調にいけばこのまま王位に就くのだし……)


 クレアは自分が国を統治する王のそばにいることを実感した。


(もしかして……王子の愛人ってすごいことなんじゃ……)


 正妃になることなど考えていないが、このまま彼のそばにいるのであれば、自分も否応なくミッドガンド王国の覇道に関わっていくことになるだろう。


(私、そんな覚悟なんてない……)


 クレアの顔色の変化に気付いたのか、アーロンが声をかけてきた。


「どうした、クレア」

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