第19話:婚約指輪は幸せの象徴だと知りました
翌日、クレアはよろよろとベッドから起き上がった。
「うう、体があちこち痛い……」
「不器用だな。うまく寝られなかったのか」
「誰のせいよ!」
抱き枕のようにずっと抱きしめられていて、緊張したままだったのだ。
王城で朝食を食べると、アーロンはさっさと帰り
(久しぶりの里帰りだから、もうちょっとゆっくりすればいいのに……)
そう思いつつ、昨晩毒を盛られたことを思い出す。
(暗殺者がいるような場所、落ち着かないわよね……)
毒を盛ったのは最近厨房で働き出したという青年だったらしいが、何かを恐れるように服毒死したらしい。
「予想通りだな」
アーロンが素っ気なく言うと、さっさと馬車に乗り込んだ。
(本当にシャルロッテ様が黒幕なんだろうか……)
アーロンたちの間にどんな確執があるのか、クレアは知らない。
(余計な口出しは無用ね……)
アーロンも心配だったが、何より一番死に近いのは、一度処刑されている自分だ。
(アーロンの暗殺に巻き込まれるかもしれないし、危険な場所からは離れるに限るわ……)
今のところ、一番安全なのはアーロンの城内だ。
クレアもさっさと帰ることに異議はなかった。
*
「お帰りなさいませ」
アーロンの城に戻ると、ミッシーが迎えにでてくれた。
「ん……?」
いつもはクールなミッシーの顔がなぜかニヤけている。
「何かあったの、ミッシー」
「い、いえ別に」
ミッシーがそわそわと手をこすり合わせている。
「あっ!」
ミッシーの左手の薬指にキラリと光るものを目敏く見つめたクレアは声を上げた。
「それってもしかして……」
「あっはい、婚約しました」
ミッシーが顔をほんのり赤らめる。
「ええっ、誰と!?」
「ケネスです……」
「ケネスって、騎士団長の!?」
大柄で落ち着きのあるケネスの顔が浮かぶ。
「ふたりは付き合ってたの!?」
「え、ええ、まあ」
「だから、剣術指南をケネスに頼んだの?」
「はい……他に頼める人がいなくて……」
「そ、そうだったんだ……」
クレアは呆然と頬を染めるミッシーを見つめた。
(ふたりが恋仲だなんて全然気付かなかった……もしかして、私って
*
「私って鈍いかな?」
「おまえはいきなり来たかと思えばなんだ……」
書類の山の間から、アーロンがうんざりと言う。
どうしてもミッシーの婚約のことを話したくて、執務室に押しかけたのだ。
「あんた、知ってた? ミッシーとケネスが付き合ってたって」
「ああ。見ればわかるだろ」
いきなりの先制パンチに、クレアはぐっと詰まった。
「そ、そうね。二人は婚約したんだって!」
「そうか」
「ずいぶん、あっさりしてるわね!」
「俺は領地からの納品チェックで忙しいんだが……」
「いいでしょ、ちょっとくらい構ってくれたって! 私、愛人よ!?」
「都合のいい時だけ愛人ぶるな……」
「愛人の称号なんて便利なもの、全力で使うに決まってるでしょ!」
「そうか」
アーロンがまた書類に目を落とす。
「ミッシーがね、すごく幸せそうだったの」
「……」
「私に気付いてほしかったみたいで、婚約指輪とちらっとね、見せてみたり……」
いつもはクールなミッシーが、堪えきれないくらいの幸せを
「やっぱり嬉しいものよね。婚約するって。指輪を贈られるって」
「そりゃそうだろう」
「……」
クレアはしょんぼりとうつむいた。
(指輪を投げ捨てるなんてひどいよね……)
今なら自分がどんなにひどいことをしたのかわかる。
無実の罪で
だが、今のウィリアムからしたら、なぜそんな目に遭うのか理解できないだろう。
「後悔してるのか」
クレアはぎくっとした。
書類に目を落としながら、アーロンが声をかけてきた。
いつもながら、まるで心を読んでいるかのようだ。
「まあね、婚約破棄してほしかったから仕方なかったんだけど……」
ものの見事に破棄された挙げ句、追放までされた。
(あっさりしてたなあ……)
激怒していたとはいえ、恋人がなぜそんな暴挙に出たのか聞きもしなかった。
ただ、突き放しただけだ。
(やっぱり、その程度の恋だった、ってこととよね……)
(もし、本当に心の底から信頼して愛していたなら)
(どうした? 何があった? おまえがそんなことをするはずない、って思ってくれたんじゃないかな……)
(相手に求めすぎか……)
ふう、とクレアはため息をついた。
(たとえば……ケネスだったら。ミッシーが私と同じことをしても怒らない気がする。どうしたんだ、ミッシーって聞くんじゃないのかな……)
考えれば考えるほど、落ち込んできた。
「私、部屋に戻るね」
「指輪がほしいか?」
「えっ……どうだろう……」
一つわかるのは、指輪という物がほしいというわけではないということだ。
「好きな人からなら、欲しいかな」
なんとなく、幸せの象徴のような気がしたからだ。
そんな素敵なものを身に付けるとどんな気分になるだろう。
「ウィリアム王子はそうじゃなかったのか。政略結婚か」
「わからない……」
ただ、王子という地位の相手から申し込まれて浮かれていただけのような気がする。
(私だって、ちゃんとウィリアムのことを見ていなかったんじゃないかな)
とにかく、ふたりの間にあったのは、本当の愛ではなかったのだろう。
アーロンが机に肘をつけ、クレアをまっすぐ見つめた。
その真剣な
「俺が贈ったら、つけてくれるか?」
「えっ……」
意外な言葉にクレアは驚いた。
「いいよ、そんなの。私なんてただの愛人なんだし」
「指輪はいいな」
クレアの言葉を聞いていないかのように、アーロンが独りごちた。
「俺の女だという証だ」
「怖いこと言わないでよ!」
おののくクレアに、アーロンがくすっと笑う。
「そう怯えられると、尚更贈りたくなるな」
「性格悪すぎ!」
ぷいっと顔を背けながらも、態度とは裏腹に心が舞い上がっていた。
(アーロンから指輪をもらったら……どんな気持ちになるんだろう)
だが、クレアは好奇心を押し殺した。
(これ以上、アーロンを調子に乗らせないんだから!)
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