第18話:愛人らしく振る舞ってみました

 晩餐会のあと、アーロンとクレアは客室に案内された。


「うわあ、豪華な部屋だね!」


 ロキシス王国の王城にも引けを取らない優雅な室内に感嘆する。


「今後、他国の王族や貴族を招くことになるからな。一番力を入れている」

「なるほどー。でも、料理はもうちょっと頑張らないとね。口が肥えているから」

「はは! そうだな」


 アーロンはやけに上機嫌だった。


(毒を盛られたのに……)

(なんだか、空元気みたいで気になる……)


 クレアはおそるおそる声をかけてみた。


「ねえ、アーロン大丈夫?」

「何が?」


 口元に笑みをたたえたまま、アーロンが見つめてくる。

 だが、ピリピリとした気配を感じる。

 心は全然安らがず、外部に対して最大限の警戒をしているのが伝わってくる。


「少なくとも一人、この城内にあんたを殺そうとした人間がいるわけでしょ?」

「……」

「毒は私がいれば大丈夫だけど、襲われたら……」

「だから、部屋の外に近衛兵を置いているだろ」

「そうだけどさ……」

「慣れてる。こんなの幼い時から何度もあったことだ」


 なんと返答していいか詰まるクレアに、アーロンが微笑みかけた。


「おまえの食い意地に助けられたな」

「もうちょっと素直にお礼言いなさいよ」

「そうだな、ありがとう。助かった」


(素直だと不気味ね……)


 アーロンがにやりと笑う。


「おまえ、素直だと気持ち悪いって思ったろ」


 どうやら、また顔色を読まれたらしかった。


「そそそそんなことはないけど!?」


 あまりの動揺っぷりに、アーロンがぷっとふきだす。


「おまえは堂々としていたな。感心したよ」

「自信があったから!」


 クレアは胸を張った。


「おまえと初めて会ったときのことを思い出すよ」

「へ? 指輪を投げたときのこと?」

「いや、その前だ」

「前って?」


 あれが初対面のはずだ。少なくとも、クレアはアーロンを初めて見た。


「……あの日、会場に向かうおまえを廊下で見かけたんだ」


 アーロンが懐かしそうに目を細める。


「廊下には人が大勢いたが、おまえだけ輝いているように見えた」

「……」

「おまえは堂々と前を向き、戦場に向かうような決死の覚悟を秘めていた。あんな表情をした令嬢は見たことがなかった」


(ああ……絶対に死のフラグを回避してやる、って意気込んでいたときだ)


 アーロンが真っ青な宝石のような目を向けてくる。


「あのときから、おまえから目が離せない」

「そうだったんだ……」


 てっきり指輪を投げる変な女だから、拾ったと思っていた。


「おまえみたいな女なら、そばに置いておけるかと思ったんだ」

「私にそばに居てほしいの?」

「ああ」


 あまりに素直にうなずかれ、クレアは驚いた。


無聊ぶりょうの慰めになるから?」

「そうだな。実際、おまえが来てからずっと楽しい。誰の顔色も見ることなく、自分の好きなように生き生きと振る舞っている」

「そ、そうね……」


 一度死んだ身だ。もう何も我慢せずに好きに生きようと思っている。

 そういう開き直りが、自分の心を軽くしているのは確かだ。


「今だってそうだ。毒殺されそうになったというのに、おまえとの会話を楽しんでいる」


 言葉とは裏腹に、アーロンの瞳は悲しげだった。


「寂しいの?」

「まあな。こころを許せるのはほんの一握りの人間。それに俺は王太子だ。弱いところを見せたくない」

「……王太子も大変ね」


 上に立つ者にかかる重圧はクレアには想像もできない。

 こんな政情不安定な大国の王族ならなおさらだ。


「だからさ、おまえに愛人になってほしかったんだよ」


 そっとアーロンが手伸ばして、クレアの金色の髪を一房手に取る。


「妻や愛人になら、見せてもいいだろう? 取りつくろってない本心を」

「……何でそんなに落ち込んでるの?」


 見たことのないアーロンの沈んだ表情に、クレアは思わず尋ねた。

 アーロンが微笑もうとして失敗した。

 口の端を歪ませ、アーロンが口を開いた。


「毒を入れたのは……たぶん母だ」

「へ?」

「弟を王位に就かせたいのさ」

「弟……」

「ああ。第2王子のノーマン。母にそっくりでな。昔から猫可愛がりしている」

「……」


 そういえば、向かいの席にシャルロッテと同じ銀髪の細身の青年がいた気がする。


「あんたはジュリアス国王とそっくりよね」

「外見はな」


 アーロンが皮肉な笑みを浮かべる。


「……疲れたな。寝るか」

「そ、そうね」


 ここでも用意されたのは大きなベッドが一つだけ。

 愛人同伴という建前なので仕方ない。

 クレアはもぞもぞとベッドに潜り込んだ。


「ひゃっ!!」


 いきなり背後から抱きしめられ、クレアは悲鳴を上げた。


「な、何?」

「このまま抱いていていいか? 温かくて柔らかいものに触れていたい……」


 そっと壊れ物のように丁寧に抱きしめられ、クレアは拒否するタイミングを逸した。


(落ち着かないけど、腕を振り払って突き飛ばすほど不快ではない……)


「……」


 悩んだ末、クレアは受け入れることにした。

 覚悟を決めて、体の力を抜く。

 先程聞いた、アーロンの家庭の事情のせいもあり、はねのけられなかった。


「今日だけだよ!?」


 念押しすると、背後からため息が聞こえた。

 温かい呼気が耳朶じだをくすぐる。


「ケチくさいな……おまえ、それでも愛人か?」

「ううう、くすぐったいよ!」


 身をよじると、ぎゅっと強く抱きしめられた。


「逃げるな」

「逃げてないでしょ!」


 しばらく体を固くしていたクレアだったが、背後からくうくうとすこやかな寝息がしてきたので力を抜いた。


(こいつ、あっさり寝てる! 私はドキドキしているのに!)


 鼻の一つでもつまんでやろうかと振り返ったクレアは、アーロンの無防備な寝顔に手を止めた。

 伏せられた長い睫毛に光るものが見えたのだ。


(王太子も大変よね……)


 クレアはそっとシーツをアーロンの肩にかけた。

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