第17話:晩餐会を大混乱に陥れました

 張り詰めた空気のなか、使用人も緊張した面持おももちで皿を置いていく。


(もしかしたらアーロンが15歳で城を出たのも、お母さんとうまくいってないから?)


 クレアはおろおろとアーロンとシャルロッテを見た。


(でも、実のお母さんよね……?)

(ええっと、ミッドガンド王国の王族の家系図ってどんなだっけ。もっと勉強しておけばよかった! 自分には全然関係ないと思っていたのに渦中かちゅうにいるなんて!)


 ことり、とアーロンの前に肉が盛られた皿が置かれる。


(んん!?)


 クレアは目を見開いて肉を凝視した。


「アーロン、その肉を食べちゃ駄目だよ」

「え?」


 今まさにフォークを突き刺そうとしたアーロンがびくりとした。


「それ、食べられないよ。毒が入ってる」


 クレアの言葉に、一気に場がざわめいた。


「毒!?」

「毒だって!?」


 食堂内は騒然とし、動揺して席を立つ者も現れる始末だ。

 アーロンが驚愕の表情を向けてくる。


「おまえ、毒が入っているとわかるのか!?」

「あ、うん」


 クレアは何気なしにした指摘の影響の大きさに戸惑っていた。


(あ、そっか。普通の人はわからないんだっけ。目の前の物が食べても大丈夫かどうか)


「いったいどういうつもり?」


 シャルロッテが冷ややかな眼差まなざしを向けてきた。


「食べもしないで見ただけで毒入りなんて……私たちが毒を盛ったと言うの?」

「誰が入れたかはわかりませんが、この肉を食べたら死にます」


 クレアはきっぱり言い切る。

 他の人にはわからないかもしれないが、クレアの全感覚が激しい拒否反応を示していた。


「見ただけでわかると申すか」


 ジュリアスが静かに尋ねてくる。


「はい。私は昔から野山を駆けまわり、様々な物を食べてきました。その中には毒のある木の実やキノコ、薬草がありました。自分の身で試しているうちに、だんだんと見分けがつくようになったのです」

「見分けとは……」


「自分の中にある第六感のような特別な感覚です。食べていいものとダメなものが自然と感じられるんです。たとえば、毒でなくともいたんでいる料理などもわかります。危険信号が出ているんです」


 クレアは堂々と言い放った。

 これまで、自分のみならず周囲の人間を救ってきた感覚だ。


「ずいぶんな自信だこと。では証明してもらいましょう」


 シャルロッテがくっと笑う。


「毒味用の犬を連れてきなさい」

「クレア……」


 アーロンが心配げに見つめてきたが、クレアは微笑んだ。


「大丈夫」


 連れてこられた犬の前にアーロンの皿を置く。

 犬は飢えていたのか、飛びつくようにして肉をがつがつ食べ始めた。


「ふん。全然平気じゃないの」


 シャルロッテが嘲笑する。

 だが、勢いよく肉を食べていた犬が急にびくっと体を震わせた。

 そのまま、犬は横倒しになり痙攣けいれんを始める。


「な、なんと!」


 全員が見守るなか、犬は泡を吹き、血を吐いて事切こときれた。


「ひっ……!」


 見守っていた人たちから小さな悲鳴がもれる。


「なんということだ!」


 ジュリアスが呆然とつぶやく。


「すぐに料理を作ったもの、料理に近づけたものを集めて尋問しろ。犯人を見つけるんだ」

「無駄ですよ、父上」


 アーロンが肩をすくめる。


「どうせ、黒幕はつかまらない。見つかったとしても下っ端が自死するだけですよ」


 アーロンの言葉に、これまで何度も暗殺されそうになったとわかる。


(それもあって、王城を出て自分の城を作ったの?)


「やはり、王城で食事はとらない方が良さそうですね」


 そう言い放って立ち上がりかけたアーロンに、クレアは慌てて声をかけた。


「あ、でもパンは大丈夫よ。お肉は私のを食べればいいじゃない? 分けてあげる!」


 いそいそとフォークとナイフをとったクレアは、皆の視線が集中していることに気付いた。


「えっ……」


 なんでこの状況で食事を続けられるんだ、と雄弁に語る視線が痛い。

 毒殺が行われようとした場で平気で食事を続けられる神経を疑われているのがわかる。

 クレアは慌てて言い訳をした。


「いや、だって、他のものは食べられるんだし、もったいないかな……って……」


 ぷっとアーロンがふきだした。


「そうだな。食おうか。他に毒が入っているものはあるか?」


 クレアは全員の皿を見た。


「大丈夫。毒が入っていたのはアーロンの皿だけみたいね」


 クレアがぱくぱくと肉を食べ出すと、幾人かは席に戻っておそるおそる食事を再開した。


「あれがロキシス王国の令嬢?」

「すいぶん、いやしいのね……」


 そんな聞こえよがしの嫌みも、クレアの食欲の前では些細なことだった。


「へえ、珍しい味付け! やっぱり外国の料理って素材も違うし面白い! これ、何のソースだろ?」


 平然と食事を続けるクレアを、アーロンが微笑ましく見つめた。

 あまりに楽しそうに食べるクレアを見て、テーブルの雰囲気も明るくなっていった。


「おまえはすごいな……」

「まあね。私がいれば、毒味は必要ないよ。安心して食べて」


(食い意地が役に立つこともあるのね……)


 周囲から珍獣を見るような目で見られながら、クレアは食事を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る