第16話:王妃に睨まれました

 晩餐会はパーティー会場のような広い食堂で開催された。

 花やキャンドルで美しく飾られたテーブルに、クレアは目を丸くした。


(さすが国王夫妻主催の晩餐会ね)


 ロキシス王国の晩餐会にも見劣みおとりしないレベルだ。


(後は料理だけど……楽しみ!)


 クレアはいそいそとアーロンの隣に座った。

 主立った王族や貴族らしき者たちがずらりと並んでいる。


「皆、ご苦労。よく集まってくれた」


 王冠をかぶった壮年の男性が背の高い女性を伴って現れた。

 皆が一斉に立ち上がったので、国王夫妻だとすぐわかった。


(わあ、さすが国王軍を率いていた総司令官だけはあるわ……)


 ただ国王というだけではない。実際に戦場にまでおもむいたという武勇伝の持ち主だ。


(ジュリアス国王……すごい迫力ね)


 背丈も体つきもまだまだ老いとは程遠い。

 剣を交わせば、クレアなどあっという間もなく斬り倒されるだろう。


(アーロンに似ている……)


 顔も体付きもアーロンによく似ている王に比べ、妃のシャルロッテはアーロンを彷彿ほうふつさせるものが何もない。


(見た目だけじゃなく、雰囲気も全然違う……)


 アーロンも剣呑けんのんさを感じさせるが、シャルロッテからはもっと暗く陰湿な空気が漂っている。


(言葉を交わさなくてもわかる……この女性に近づかない方がいいわ)


 幸い、気楽な愛人という立場だ。関わることもないだろう。

 だが、国王夫妻の目が自分に向いてぎょっとした。


「そちらの令嬢がロキシス王国からいらしたクレア嬢か」

「は、はい。どうも初めまして。お会いできて恐悦至極に存じます」


 クレアは慌てて挨拶をした。

 そうだ。国王夫妻はクレアに会いたいが為に開いた晩餐会だ。

 いわば、クレアのお披露目。


(もしかしなくても、私が主役!?)


 そう気付くと、窮屈なドレスやどっしり重たい存在感のあるジュエリーたちが心強い味方に思える。


(ミッシーがちゃんと着飾ってくれたし、変じゃないよね?)


 クレアはなんとか笑みを浮かべた。

 隣でアーロンが小刻みに震えている。


「何よ……?」


 そっと囁くと、アーロンが口に手を当てた。


「いや、おまえでも緊張するんだな、って……」


(こいつ、笑ってやがる!)


 クレアがじろっとアーロンを睨むと、慌てて含み笑いを消した。


「では、クレア嬢の歓迎会を兼ねた晩餐会を始める。気楽に食べて飲んでくれ」


 乾杯の音頭おんどを取ると、皆着席して食事を始めた。


(へえ、前菜は魚介なのね)


 マリネされた白身の魚と青菜が運ばれてくる。


(美味しそう!)


 さっそくフォークを握った瞬間、ジュリアスが話しかけてきた。


「クレア嬢はアーロンと面識が?」

「いえ。十日ほど前に会ったばかりです」

「二人は……恋人同士ということでいいのかね?」

「いえ、愛人です」


 クレアの言葉に周囲の人間がざわめく。


「そ、そうか……」


 はきはきしたクレアに、ジュリアスが少し戸惑ったような顔をした。

 王子に追放されたら、拾い上げて連れてこられたんです、と話したらどんな顔をするだろう。

 クレアの妄想は、アーロンの咳払いによって霧散むさんした。


「一目惚れでね。ちょうど独身だったから連れてきたんだ」


 アーロンの言葉にクレアはこくこくとうなずいて同意を示した。


(まあ、間違ってはない。いろいろ端折はしょってるけど)


 だが、ウィリアムに追放されたなどと話さない方がいいだろう。

 王族に不敬を働いた要注意人物だと警戒されても困る。


(私は穏やかに暮らしたいのよ……)


 人畜無害のただの愛人です、ということを強調するため、クレアは穏やかな笑みを浮かべてみせた。


「ミッドガンド王国に来てどうだね? 洗練された国から来た貴方にとっては無骨で面白みのない国だろうが……」

「いえ、そんなとんでもない。いい人ばかりで幸せに暮らしています」


 さっそく狩りに行って肉を焼いたりしました、とは言わない方がいいだろう。

 そつなく答えるクレアに、アーロンがホッとしているのがわかる。


(大丈夫、私だって空気読めるから!)


「……ずいぶん、急ごしらえの関係だこと」


 シャルロッテのつぶやきに、一気に場が凍った。

 上品に前菜を口に運びながら、シャルロッテが冷ややかな視線を送ってきた。


「アーロン、貴方はどれだけ彼女のことを知っているの?」

「……」

「他国の女性をやすやす連れ帰るなんて……スパイや暗殺者だったらどうするつもり?」


 クレアはびくっとした。

 素性の怪しい女性だと疑われているばかりか、国に仇なす存在かもと言われているのだ。

 口を開こうとしたクレアをアーロンが制した。

 任せておけ、というような目配せにクレアがうなずいた。


(確かに自分で自分を弁明しても説得力がない……!)


 アーロンは注がれた白ワインをゆっくり口にした。

 母親であるシャルロッテに微笑みかける。


「確かに、寝所に入ってくる女には注意が必要ですな」


 ぴきっと場に緊張が走った。

 王妃が顔を引きつらせている。


(なんで母親が怒っているんだろう……?)


 冷ややかな空気が流れる。


(お母様と仲が悪いの?)


 アーロンとシャルロッテは、まるで天敵同士のように微笑み合っている。


「……まさか結婚するつもりじゃないでしょうね、アーロン。愛人ならお目こぼしをしてもいいけど」

「自分の結婚相手は自分で選びますよ」


 背筋が凍るような声音だった。

 今や、場は凍土のような空気に包まれている。


(ひいい! 誰かなんとかして!)

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