第15話:美女に煽られました
城の廊下を歩いていると、前から白いドレスを着た女性が駆け寄ってきた。
「アーロン様!」
白銀の髪を揺らし、笑顔を浮かべているのはほっそりした美女だ。
年の頃はクレアを同い年か少し上くらいだろう。
「マデリーン嬢」
アーロンが穏やかな笑みを浮かべた。
「元気そうで何よりだ」
「はい! いただいた薬湯がよく効いて……」
「よかった。お父上をあまり心配させたくない。なにせ、軍隊長であらせられるから」
「フフ。相変わらず心配性ですね、アーロン様は」
マデリーンが可憐に微笑む。
城の衛兵たちもそんなマデリーンをうっとりと見つめている。
(何、この女神みたいな美女……)
「あの、こちらの方がもしかして……」
「ああ。俺の愛人だ。クレア、マデリーン嬢だ。軍隊長の一人娘で王宮で書記の仕事をしている才女だ」
「初めまして、マデリーンです。どうぞお見知りおきを」
マデリーンがドレスの裾をつまんで優雅にお辞儀をする。
「ど、どうもクレアです」
慌ててお辞儀をしようとしたクレアは、バランスを崩してつんのめった。
「おい!」
アーロンが慌ててクレアの腰を抱えて持ち上げる。
「おまえ、気をつけろ!」
「だからドレスと靴が……っ!」
「フフ、可愛らしい方ね」
マデリーンがくすくす笑う。
だが、そのエメラルドのような薄緑の目は笑っていなかった。
「アーロン様、父も久しぶりに会いたがっておりますの。また近々屋敷にいらしてくださいな」
「ああ。頃合いを見て伺わせてもらうよ」
「絶対ですよ。約束。そうそう、またとっておきのアレを差し上げますわ」
マデリーンが艶やかな笑みを浮かべ去っていった。
ふんわりと香る甘い残り香に、クレアは顔をしかめた。
女としては鈍い方だが、明らかにマウントを取られたのがわかる。
「クレア?」
「ずいぶん仲良さげだこと! とっておきのアレって何よ嫌らしい」
「ああ。軍隊長殿はワインの収集家でな。稀少なワインをいつも開けてくれるんだ」
ニコニコしているアーロンを、クレアは信じられない思いで見つめた。
(にっぶ……! 鈍すぎる。こいつ、なんで恋心にはこんなに
「馬鹿なんじゃないの」
思わずするっと本音が出てしまう。
「馬鹿……? どういう意味だ」
「あの美女はあんたを
「どこがだ? そもそも俺にはおまえがいるし」
クレアはこれみよがしにため息をついてやった。
「だから、私が気に入らないのよ。暗殺者を送りそうな目をしていたじゃない」
「考えすぎだろう。マデリーン嬢とは幼なじみのようなものだ」
「ケッ!」
「何を怒っているんだ?」
「別に!」
自分でもなぜこんな
ウィリアムの恋人に選ばれたときも、周囲の女性たちから露骨な嫌がらせや罵倒を受けたものだ。
「何よ、あの女。おしとやかそうに見せて気が強いったら!」
「体は弱いが、軍隊長の娘だ。芯は強い」
「さぞや人気があるんでしょうね」
「どうした。やけにつっかかるな」
「別に! すっごい美人だし」
「ああ。ミッドガンドの白バラと言われている。女神のように
「……」
確かに、あんなに美しい女性はロキシス王国にも滅多にいない。
陶器のような滑らかな抜けるように白い肌。
透き通るような淡い緑色の瞳も、絹糸のようなまっすぐな白銀の髪も、同じ女性であるクレアですら目を奪われたのだ。
「……あの人、独身なの?」
「ああ、そうだ。縁談が降るようにあるが、父親が目を光らせている。最強の軍隊長の一人娘に手を出すような奴はいない」
「あんたはどうなの」
「え?」
「あんたなら、彼女の夫として文句ないんじゃないの?」
「俺が? 考えたこともないな」
アーロンが肩をすくめる。
いくら凝視しても、アーロンが隠し事をしているようには見えない。
(あんな美女を前にして平然としているなんて……)
(こいつ、どうなってるの?)
だが、クレアはハッとした。
(私を気に入って愛人にしてるってことは……)
(もしかして、めちゃめちゃ女の趣味が変わってるってこと……?)
アーロンが何か言いたげに口を開きかけた。
「何よ?」
「その……おまえもちゃんと美しい、ぞ」
アーロンが言いづらそうに横を向いた。
顔を覗き込んでみたが、
「は? 何よ、突然!」
カーーッと顔が赤らむのがわかる。
「きゅ、急にそういうこと言わないでしょ!」
言われ慣れていないことを言われ、クレアは激しく動揺した。
「もう! 行くわよ!」
(ああ、こんなときにマデリーン嬢なら、『フフ、ありがとう』とか余裕で言っちゃうんだろうなー。あー、女としての経験値が全然違う!)
照れくささを隠すように、クレアはずかずか歩き出した。
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