第14話:王城に招かれました
クレアがミッドガンド王国に来て一週間がたとうとしていた。
「おまえはがむしゃらに突っ込みすぎだ!」
全身の力を込めたクレアの一撃は、あっさりとアーロンの剣に
「あっ!」
飛ばされた剣を拾おうとするクレアの喉元に剣が突きつけられる。
「勝負あり、だな。ただ果敢に攻撃すればいいというものではないぞ」
クレアは唇をかみしめてアーロンを見上げた。
「勝負なんて先手必勝でしょ! 先に倒せば勝ちじゃん」
「ちゃんと防御も考えろ。あっさり死ぬぞ。おまえみたいな直情的な馬鹿は」
「最後の一言は余計でしょ!」
「いいから受けも覚えろ! ほら!」
「あっ!」
斬りかかってくるアーロンの剣を受けようとして転んでしまう。
「下手クソ! できるまで何回でもやるぞ」
「うう……」
クレアは剣を握り、よろよろと立ち上がった。
アーロンはちゃんと約束を守る
クレアの頼み通り、毎日一時間剣術の時間を作ってくれる。
おかげでクレアは
「……おまえ、どんどん愛人という言葉から遠い存在になっていくな」
泥まみれのクレアを呆れたようにアーロンが見つめる。
「誰のせいよ!」
「間違いなくおまえのせいだな。そうそう、明後日
「晩餐会?」
「王城でな。国王夫妻から直々の招待を受けている」
「国王夫妻って……あんたの両親でしょ?」
「そうだ。俺がロキシス王国からおまえを連れてきて愛人にしている、と噂になっていてな。一度会ってみたいそうだ」
「へええ、やっぱり気になるよね、親としては……」
クレアとしては、勝手に連れてこられただけなので、国王夫妻に会うと言われても特に感慨はない。
正妻になるという野望があるわけでもないので、誰にどう思われようと構わない。
(気楽だなあ、形だけの愛人って……)
ウィリアムの恋人だったときは、いつも気を張っていた。
王太子にふさわしい令嬢であらねばと、常に周囲の目を気にしていた
要は猫を
(すっごく気疲れしてたなあ……あんなのを一生続けようと思っていたのが信じられないよ)
当時は王太子の妃になるという目標しか見えていなかった。
今は身分や立場などどうでもいい。
生きてさえいればいい。
開き直った新しい人生は、肩の力が抜けてとても楽だ。
ただ、ありのままの自分でいればいいだけ。
(これが生きるってことだよね……)
処刑されたのは恐ろしい体験だったが、あの出来事がなければ窮屈で気の張った人生が続いていただろう。
(不思議……まるで自分の人生を正しているみたいな感覚……)
「どうした、黙りこくって」
「別に何でもないわ」
「……おまえは時折、遠くを見る目をするな」
「そ、そうかな」
クレアはニタリと笑ってみせたが誤魔化せた気がしない。
「……帰りたいか、ロキシス王国に」
「ふえっ!?」
思いがけない言葉にクレアは素っ頓狂な声を発してしまった。
「違うのか」
どうやらホームシックにかかったのかと誤解されたらしい。
「いや、別に……来たばっかりだし」
またあの馬車の旅路を行くのは気が重い。
「それならいいが」
「まさか、強引に連れてきたから、故郷が恋しいんじゃないかってそんなデリケートな気配りをしたわけ!?」
アーロンがむっとしたように口を尖らせた。
「俺としたことが、おまえの図太さを忘れていたよ。繊細さとは縁遠い女だったな、おまえは」
「へえー。ふーん、可愛いとこもあるのね」
ニヤニヤ笑って顔を覗き込むと、ビキッとアーロンの顔が引きつった。
「……国王夫妻に顔見せをするんだ。しっかりドレスアップさせるからな。宝石も山ほどつけてやる」
「はあああ? 嫌がらせですかあ!?」
「最高級の
「別にいいわよ、このドレスで」
「パン屑と飛び散ったソースがついてるぞ!?」
「ああっ、本当だ。えへへ、気付かなかった」
照れ笑いをするクレアに、アーロンがため息をつく。
「……おまえの衣装は俺が全部用意する」
アーロンが憤然と宣言した。
*
晩餐会の日になり、盛大に着飾ったクレアはドレスをたくし上げ、よいしょ、と馬車に乗り込んだ。
隣に座ったアーロンがちらっと見てくる。
「どうした、もぞもぞして」
「こんなちゃんとしたドレスを着るの、久しぶりだから」
アーロンの城では、ずっと動きやすい格好をしていたので楽だった。
「うう、あちこちキツい……」
スタイルをよく見せるため、ミッシーにぎっちりと背中を編み上げられた。
「ちゃんと背筋を伸ばせ。今から王城で晩餐会だというのに、なんだその気の抜けた顔は」
「悪かったわね! あんたが悪いのよ、私を甘やかすから!」
ふんと開き直ると、アーロンが目を剥いた。
「はあ? ちゃんとしろと言ってもおまえは聞かないだろうが!」
「いいでしょ、妃でもないんだし。ただの愛人なんだから!」
クレアはドヤ顔で伝家の宝刀を出した。
愛人――すべてが許される魔法の言葉だ。
「一応、俺は王太子だぞ! その唯一の愛人だという自覚を持て!」
「やってることは騎士に近いし無理よ!」
馬の世話をしたり、狩りに行ったり、料理を作ったり――一般的な愛人にはほど遠い。
「ったく、ドレスも俺任せだし、宝石はいらないと言うし」
「だって、別に何着ても一緒でしょ。宝石は重いし、邪魔。それより、騎士服が欲しい」
「だから、おまえは俺の騎士じゃなくて愛人なんだよ!」
「愛人愛人うるさいなあ。だからドレスを着てやってるんじゃない!」
いつも通りしょうもない言い合いをしているうちに、王城に着いた。
馬車から降り立ったクレアはぽかんと口を開けた。
「うわあ、やっぱりすごい……」
アーロンの城も大きいと思ったが、王城は規模が違った。
そびえたつ城門は、難攻不落だと思わせるに充分な迫力がある。
城の中にいる兵士の数も比較にならない。
不審な動きをしようものなら、一瞬で取り押さえられるだろう。
アーロンが手を差し出してきた。
「何?」
「つかまってろ。生まれたての子馬並みにヨタヨタしているじゃないか」
「ドレスがまとわりつくし、ヒールは高いし、歩きにくい!」
クレアは仕方なくアーロンの腕につかまった。
身長の二倍はある高い扉をくぐり、クレアはドキドキしながら王城に足を踏み入れた。
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