第12話:ヤキモチを焼かれました
夕刻になり、ようやく狩りは終了となった。
クレアが獲物を掲げてみせる。
「大量! どうよ! ウサギは私の方が多いわね」
「俺はキツネも捕った」
アーロンが自慢げに言うので、クレアは肩をすくめた。
「じゃあ、引き分けでいいわ」
「気の強い女だな」
アーロンが苦笑する。
「さあ、戻ったらウサギ肉の煮込みを作るわよ!」
クレアは大好物の煮込みを食べたくて仕方なかった。
もちろん、自分の好みの味付けがあるので他人には任せないつもりだ。
(悪いけど、ミッドガンドの味付けは単調で深みがないのよね……)
「おまえが調理するのか」
またもやアーロンが奇異の目を向けてくる。
いわゆる貴族の令嬢らしからぬと言いたげだ。
「うん。ウチの家の自慢のレシピがあるのよ。ハーブや野菜、ワインもあるよね?」
「ああ。一通りあると思うが」
「ふふ……めちゃめちゃ美味しい煮込みを食べさせてあげるわ!」
城に戻るなり、調理場の隅を借りてクレアはウサギを
(毛皮は使えるから、あとでなめさなきゃね……)
ウサギの毛皮は襟や袖につけるのに適している。
今はまだ暖かいミッドガンドだが、冬の寒さは厳しいと聞く。
冬用のコートに使えるだろう。
「さて、肉は一口大に切って……」
鍋に切った野菜とベーコンを入れて炒める。
「ウサギ肉とハーブも加えてさらに炒めて……」
焼き目がついてきたら水と赤ワイン、調味料を加える。
しっかり煮込めば出来上がりだ。
「できた!」
「おまえ、慣れているな……」
クレアが調理するのをじっと観察していたアーロンが声をかけてきた。
「そりゃあ、自分好みの食事を食べたかったら自分で作るのが一番でしょ」
「……一応、貴族の令嬢なんだよな?」
アーロンの失礼な質問に、クレアは目をつり上げた。
「悪い!? 美味しい料理を作れたら令嬢じゃない!?」
「お、落ち着け! 悪かった。ただ、珍しくて……」
「はん! まあいいわ。冷める前に食べるわよ!」
兵舎に煮込みを持っていくと、待ちかねていた兵士たちが期待の目を向けてきた。
「皆の分もあるわよ!」
クレアはさっさと皿に煮込みを取り分けた。
自分の分を手にし、テーブルにつくとさっそく食べてみる。
「はあっ、やっぱり美味しい~」
肉のうまみがたっぷりの煮込みに、思わず頬が緩む。
隣で食べていたアーロンがうなずいた。
「臭みもないし肉がほろほろで美味いな」
「でしょ! 先に野菜とハーブと炒めておくのがポイントよ!」
「わかったから、落ち着け。スプーンを振り回すな」
だが、クレアの興奮は止まらない。
「付け合わせのパンにスープを浸すとまた美味しいのよ! パンをください!」
「本当に食い意地が張った女だな、おまえ」
アーロンが呆れたように笑う。
「そのおかげで美味しい煮込みが食べられてるでしょ!」
派手な言い合いをしながら食べるふたりを、兵士たちがにこやかに見守っている。
「楽しそうで何よりです。アーロン様」
「嫌みか、ケネス。この舌戦のどこが楽しそうだ」
「アーロン様の表情が柔らかいので」
「……」
にこやかに笑うケネスに、アーロンがぷい、と顔をそむけた。
「あの、ケネスさん。煮込み、どうですか?」
クレアが下心に満ちた笑顔を向けると、ケネスがうなずいた。
「美味しいですよ」
「よかった! で、あの、代わりと言ってはなんですが、私に剣を教えてもらえないですか?」
「何の話だ」
アーロンが怪訝そうに話に割り込んできた。
「ケネスさんってこのお城で一番剣が使えるって聞いたから、教えてもらえないかなって」
「は?」
アーロンが不快そうに眉を寄せた。
「なぜケネスに頼む」
「だから、剣が一番上手って聞いたから、それでその……」
どんどん機嫌が悪くなっていくアーロンに、クレアはおののいた。
(なんかめちゃ怒ってない!?)
「剣なら、俺が教える」
「えっ」
「俺の剣の腕はケネスと
「そ、そうなの?」
「ああ。なぜ、他の奴に頼む」
青い瞳に真っ向から見つめられ、クレアはへどもどする羽目になった。
「だって、王子だし、忙しいだろうし」
「関係ない。おまえは俺の愛人だ。毎日、少し時間を作ってやる」
「ほ、ほんと?」
剣の腕を磨けるならそれでいい。
多少不安は残るが、クレアは申し出を受けることにした。
「あ、ありがとう」
「だが、俺を殺せると思うな」
喉元にナイフを突きつけるような声に、クレアは凍りついた。
(えっ、誤解されてる!?)
「そ、そんな……殺さないよ! 当たり前でしょ!?」
どうやら、暗殺のためだと勘違いされているようだ。
クレアは慌てて否定したが、アーロンの眼差しは冷ややかなままだ。
「では、なぜ剣など習いたいのだ」
クレアはぐっと詰まった。
「身を守るため……」
「護衛ならいる。誰から身を守りたいんだ」
クレアはごくっと唾を飲み込んだ。
(一度殺されて死に戻ったから不安なの! なんて言えるわけないし……)
だが、嘘は通用しないだろう。
「……今後、私を殺そうとするかもしれない全てから」
「まあ、治安がいい国ではないからな。身を守るすべはあった方がいい」
どうやら納得してくれたようで、少し表情が柔らかくなった。
クレアはほっと胸をなで下ろした。
安堵した瞬間、お腹がすいてくる。
(煮込みはほとんど振る舞っちゃったしね。物足りない……)
そのとき、クレアは天啓のように
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