第11話:わがままを言ってみました

 アーロンがぎりっと歯を食いしばる。


「馬と弓を堂々と所望しょもうするとは……俺も舐められたものだな」


 あまりの迫力に、クレアはたじたじとなった。


「わ、私はただ狩りに行きたくて……」

「なぜ狩りに? 肉ならある」

「そ、そうなんだけど……」


 美味しい肉を振る舞って、あわよくば剣を教えてもらおうという下心です。

 などと口にしようものなら、烈火のごとく怒りそうだ。


(なんとか誤魔化そう!)


「じっとしているのがしょうに合わなくて。ほら、少しは役に立ちたいし」

「おまえは俺の愛人だ。俺のそばにいればいい」

「えっ、でもほら……」


 じろっと睨まれ、クレアは首をすくめた。


「何を企んでいる」

「た、企んでないし! いいでしょ、私は狩りがしたいの!」


 アーロンがじっと見つめてくる。


「逃げる気はなさそうだな」

「に、逃げないよ!」


 ミッドガンドの地理がよくわからないし、そもそも行く当てがないのだ。

 アーロンがはあっとため息をついた。


「わかった。俺とクレアに馬を用意しろ」

「ええ? あんたも行くの? 忙しいんじゃないの?」

「ああ、忙しい。だが、仕方ないだろ」

「何が?」

「愛人が狩りに行きたいと言っているんだから」

「は?」


 クレアは呆然とアーロンを見つめた。

 愛人のわがままに付き合うと言っているのだ、この男は。


(アーロンって……もしやめちゃめちゃ女に甘いのでは?)


 ここはアーロンの国で、クレアはただ彼に拾われただけの何の地位も権力も持たない女だ。

 クレアの申し出などにべもなく拒否し、部屋に閉じ込めれば済む。

 それができるだけの力がアーロンにはある。


(なのに……付き合ってくれるんだ……)


 今まで感じたことのない思いが胸に込み上げる。


「どうした。狩りに行くのではないのか」


 アーロンの近衛兵たちがぞろぞろと集まり、馬を引いてきた。


「み、みんなで行くの?」

「当たり前だ。森では何が起こるかわからない。おまえは狼や熊を一人で倒せるのか」

「……無理です」


 イノシシには一度勝ったことがあるが、あれは運が良かっただけだ。

 牙を持つ狼や熊など、勝てるわけがない。


「兵は十人連れて行く。これが最小だ。わかったな」

「はい……」


 結局、小隊を引きつれての狩りとなった。


(そうだよね……故郷の森ならともかくミッドガンドの野山なんて何も知らない。地形も生態も……)

(気軽にウサギ狩りをと思ったけど、無謀だったな……)


 少し反省しながら、クレアは用意された馬にまたがった。

 軽々と馬に乗るクレアに、周囲が驚きの目を向ける。


「よっ……と。よろしくね」


 挨拶がてら、クレアは馬の首をポンポンと叩いた。

 軽く歩かせてみたが、力強い足取りでちゃんとこちらの意志を汲んでくれる馬だった。


「へええ、すごくいい馬ね」

「当たり前だ。俺の騎馬隊は最強だからな」


 少し自慢げにアーロンが微笑む。

 アーロンの愛馬は彼の髪と同じ漆黒の馬だ。


(確かに……全員強そう。雰囲気があるわ……)


 アーロンが選んだ小隊の兵士たちは、いずれも歴戦の猛者を思わせる空気を纏っていた。


(この小隊なら、たとえ盗賊に襲われても大丈夫そう)


「ええっと、ウサギがいそうな場所って……」

「裏手の森に行けばいるだろう」

「了解。ありがとう」


 場所さえわかればなんとでもなる。

 弓を携え、クレアは馬を走らせた。

 アーロンが併走してくる。


「……おまえ、狩りはよくしていたのか」

「うん。故郷では子どもの頃から。貧乏貴族だったから、肉も毛皮も喜ばれるの」

「なるほど。道理で騎馬が堂に入っているわけだ」


 アーロンの声には感嘆が込められていた。

 クレアは少し驚いて、傍らで馬を走らせているアーロンを見た。


(へえ……一応、人を誉めたりするんだ)


 草原を駆けていると、ウサギの姿を見つけた。

 クレアはスピードを上げ、ウサギを追う。

 馬上で弓を構え、一気に矢を放つ。

 ウサギの体が跳ねて転がった。


(当たった!)


 久々の狩りだったが、まだ腕は落ちていなかった。


「やったな、クレア」

「うん! まだまだ狩るよ」

「俺も久々に狩ってみるか」

「えっ、アーロンもできるの?」

「抜かせ。弓も剣も幼少の頃より腕を磨いているんだ」


 クレアの狩り姿に触発されたのか、アーロンが生き生きと馬を走らせる。


「へえ。じゃあ、競争ね」


 クレアだとて、女だてらに弓などと嘲笑う貴族の男どもを退しりぞけてきたのだ。

 近衛兵が興味深そうに見守るなか、クレアとアーロンは次々と獲物を追っていった。

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