第9話:馴れそめを聞かれました
「あのアーロン様が愛人を連れてくるなんて……しかも異国から。皆びっくりしています」
ミッシーが茶色の目を大きく見開いて凝視してくる。
「アーロン様ってすごくモテるんですよ。あのとおり若い美男子で、頭もいいし強いし王太子だし。でも、全然誰も近づけなくて……」
「そ、そうなの!?」
冷酷王子なので恐れられていると思いきや、女性に慕われているらしいと聞いて驚いた。
(でも……確かに本人は礼儀正しいし、わりと優しい……)
今日だって、寝坊しても起こさずに寝かせてくれた。
「なのに、隣国に行ったと思ったら、愛人を……クレア様をいきなり連れて帰ってきたから、城中大騒ぎですよ!」
「ええ!? もしかして、私って注目の
「当たり前じゃないですか! 外国人ってだけで珍しいのに、王子の愛人ですよ!? みんなどんな人かめちゃめちゃ気にしてますよ」
「し、知らなかった……」
「アーロン様が侍女や近衛兵以外を近づけないようにしていますから」
「そうか、それで……」
おそらく、アーロンの私室に近づけるのはごく一部の人間だけなのだろう。
ドンと皿に載せられた大ぶりのパンをちぎって口に運ぶ。
「で、どうやって落としたんですか?」
興味津々にミッシーが聞いてきたので、クレアはパンを吹き出しそうになった。
「そもそも、どうやって出会ったんですか? 王宮のパーティーですか?」
「えっとね。出会ったきっかけは――」
咳き込みながら、クレアは騒動の発端に思いを馳せた。
そいや! とばかりに婚約指輪を思い切り床に投げつけた自分の姿が浮かんだ。
(アレだよなあ、やっぱり……)
気乗りしないが仕方ない。
「婚約指輪を投げ捨てた……から?」
「はあ?」
「王太子からもらった婚約指輪を投げ捨てて追放されたんですか!?」
「そ、そうなの」
改めてそう言われると、だいぶ恥ずかしい。
「クレア様って、その、豪快な方なんですね」
まさかミッドガンド王国の人間に言われると思っていなかった。
「ち、違うのよ! これには深いわけが……」
そう言いつつ、昔からおまえはやることが雑で大胆だと言われていたことを思い出す。
「確かに……イノシシと戦った時も言われたわ」
「すごい! 女戦士になれますね」
「それも悪くないかも……」
戦士になれば、自分で戦える。
「弓は使えるんだけど、剣はちゃんと教えてもらったことなくて」
一応、ナイフは扱える。獲物をさばく用にいつも持っていた。
「ねえ、ミッシー。誰か剣を教えてくれる人、知らない?」
「は? 本気じゃないですよね? 私は冗談で『戦士』って言ったんですけど」
それはわかっているが、いい考えだと思ってしまったのだからしょうがない。
「ここって兵士がたくさんいるわよね? 一番強い人って誰?」
ぐいぐい来るクレアにミッシーの顔が青ざめた。本気だとわかったのだ。
「やめてください! 私が怒られます!」
「お願い、ミッシー! 剣の達人を紹介して!」
クレアはおののくミッシーにひし、と取りすがった。
「私、自分の身を自分で守りたいの!」
ウィリアムとの婚約は破棄し、今は遠い異国にいる。
なのに、なぜか嫌な予感はぬぐいきれない。
まだずっと不安なのだ。
「……っ、紹介するだけですよ? きっと断られると思います!」
ミッシーがとうとう折れた。
見た目よりずっと情に厚い子のようだ。
「ありがとう、ミッシー!!」
(剣の腕を磨いて、生き延びる確率を上げるんだ!)
クレアはぎゅっとミッシーを抱きしめた。
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