第8話:アーロンについて尋ねてみました

「おはようございます、クレア様」


 肩を揺すられ、クレアはゆっくりと目を開けた。

 メイド服を着たミッシーがすぐそばに立っている。

 眩しい日の光が寝室を満たしていた。


「ひえっ、寝坊した!」


 クレアは慌てて起き上がった。


「お疲れだったのでしょう。もう十時です」

「ええっ!?」


 信じられないほど熟睡してしまった。

 田舎娘の朝は早い。

 故郷では、六時には起きて馬を走らせたりしていた。

 だが今、日がとっくに昇っているのに、ベッドの上にいるのは自分一人。

 隣で寝ていたはずのアーロンの姿は影も形もない。


「ア、アーロンは?」

「アーロン様はいつもどおり七時に起きて朝食を取られました。クレア様はゆっくり寝かせてやれと言われましたが、さすがにそろそろ……」

「そうね!」


 クレアは用意してくれた水で顔を洗い、服を着替えた。


「朝食はどうなさいますか? 食堂ではなく、隣のお部屋にお運びすることもできます」

「それでお願い!」


 皆が慌ただしく働いている時に、一人で遅い朝食を食べたくない。


「ではご用意します」


 ミッシーがてきぱき準備をしてくれる。

 確かにアーロンが認めるだけあって、ミッシーは有能な侍女だった。

 運ばれてきた朝食は、パンとソーセージとチーズ、トマトとリンゴが丸ごと皿に載ってきた。


「んん……豪快ね……」

「あ、小さく切ったほうがよかったですか?」

「大丈夫」


 クレアはがぶりとリンゴにかぶりついた。


(そういえば、アーロンの馬車にもリンゴが置かれていたな)

(そのままで充分美味しいせいだろうけど……)

(なんかもうちょっとこの……調理してあった方がいいよね……)


「お飲み物は紅茶でいいですか?」

「うん。ミルクをたっぷり入れて……」

「かしこまりました」

「あの。ミッシー」

「なんでしょう?」

「一人で食べるのは寂しいから、そばにいてくれる?」


 情けないが、広々としたアーロンの部屋で一人でいるのはつらかった。

 それに、自分は何も知らない。

 有能な侍女から情報を引き出したい。


「かしこまりました」

「ありがとう。ところで、ミッシーって何歳?」

「19歳です」

「私より二つ上かー。ここで働いてどれくらい?」

「14歳のときからですから、もう5年になりますね」

「5年か……アーロンって何歳だっけ? いつからこの城で暮らしているの?」


 さすがに子どもの頃は親と一緒に暮らしていただろう。


「アーロン様は20歳ですね。15歳の時にこの城に引っ越されて、ここまで大きく立派に築き上げたんです。もともとはちょっとした小さな城だったんですよ」

「15歳の時から自立してたの? ミッドガンドではそれが普通なの?」


 クレアは驚いた。

 ウィリアムは20歳だが、王城から出ることはないだろう。


「そうですね……。王族が一箇所にまとまっていると攻め込まれやすいので、15,6歳で別の城に移られますね」

「そ、そう……」


 さすがずっと戦っていた国だけあって、早くから自立する必要があるのだろう。


(ということは、まだ子どもの頃から命の危険を感じていたということね……)


 アーロンの誰も信じていないあの目はそのせいだろう。


(思ったよりもずっとシビアな人生を生きて来たんだ……)


 もりもりとソーセージを食べていたクレアは、ミッシーがじっと自分を見ていることに気付いた。


「どうしたの、ミッシー。何か言いたいことがあったら、遠慮無く言ってね」

「で、ではよろしいですか?」


 冷静沈着なミッシーが、もじもじとしている。


「ええ、何でも聞いて」

「あのっ、どうやってアーロン様を落としたんですか!?」

「へっ?」

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