第7話:寝室に呼ばれました
クレアは広い浴場に案内され、気持ちのいいお風呂を堪能した。
(さすが、王子の城……お風呂が広くて最高……)
ゆったり湯船につかっていると、すべてが夢だったような気がしてきた。
(追放されて、異国の王子に拾われて、愛人になる? いったいどこの娯楽小説よ)
(私はただの田舎貴族の娘で、野山を駆けまわってたまに社交をして……平穏に生きていくはずだったのに!)
(ウィリアム王子の婚約者になってから、すべてがおかしくなった……)
分不相応な立場になって、人生の歯車が狂ってしまったとしか思えない。
すべての運命の分岐点だ。
(ああ……あのとき、舞い上がらずにウィリアムの申し出を断っておけば……!)
だが、もう過去には戻れない。
いや、死に戻ったわけだが。
(そうよ、逆に考えるのよ)
(やり直すチャンスをもらえた、ってことでしょ!)
(今度こそ間違えない!)
(でも、スタートがミッドガンド王国の冷酷王子の愛人からかー)
平穏な人生への道のりは
クレアはぱしゃっと顔にお湯をかけた。
(そもそも、アーロンはなんで私を拾ったのよ?)
(何の得にもならないのに!)
(私が絶世の美女ならまだわかるけど、ただの田舎貴族の令嬢だよ?)
(あいつが何を考えているのか、全然わからない)
(そして、今後どうしていいのかも……)
故郷に戻ろうにも追放された身だ。
外国で暮らすしかないが、何のアテもない。
(詰んでる……これ、ゲームなら
考えすぎてゆだってきたので、クレアは湯船から出た。
(とにかく、しばらくここで世話になって今後のことを考えるしかない)
(他に行き場がないんだもの)
ほかほかしながら浴場を出て、用意された寝間着に袖を通したクレアだったが、食堂でかけられた言葉を思い出した。
(寝室に来い、って言ってたよね……)
(それって……どういう意味?)
アーロンはクレアを『愛人』だと言った。
自分の私室で暮らせ、とも。
つまり、寝室に行くということは――。
(いやいや、待って)
(あいつ、寝首をかかれたくないって言ってたよね?)
(こんな会ったばかりの外国人の女に気を許すわけがない)
(そこまで馬鹿じゃないでしょ)
クレアは開き直ってアーロンの寝室に入った。
アーロンはベッドの上で本を読んでいる。
「で、何の用よ?」
「用も何も……ここはおまえの寝室だ」
「は? 何言ってるの!?」
寝室にはゆったりした天蓋付きのベッドが一つしかない。
つまり、一緒に寝るという選択肢しかない。
「どういうことよ! もっと警戒しなさいよ! それに
「何を興奮しているんだ、おまえは。巣を奪われたカラスの方がまだ大人しいぞ」
アーロンが呆れ顔で本を閉じる。
「俺がおまえに手を出すとでも思ってるのか?」
「違うの……?」
「言っただろう、信用していない女に手は出さない」
「だったら、一緒のベッドに寝るのも危険でしょ?」
「俺の寝込みを襲うのは至難の
「……っ!」
何か言い返そうとしたクレアだったが、凄絶な笑みを浮かべるアーロンを見て口を閉じた。
おそらく、処刑されるまでは平穏に暮らしていたクレアとはまるで違う、死と隣り合わせの日常を生きてきたのだろう。
そう思わせるような笑みだった。
「このベッドは広い。おまえがよほど
「……私はあんたなんか信用してないから!」
「イノシシみたいに興奮するな」
「誰がイノシシよ!」
あっという間に手が伸びてきて、クレアは顎をぐっとつかまれた。
「……っ!」
目の前にアーロンの顔がある。
一瞬の接近に、クレアは息を呑んだ。
「おまえ、自分の立場がわかっているのか?」
間近で見るアーロンの顔は美しく整っているだけに、余計に迫力が増す。
「……っ」
クレアは身をよじってアーロンの手から逃れた。
「な、なんでそんなに一緒の寝るのにこだわるのよ? 妻や恋人でもないんだし、別々の部屋だって――」
アーロンが冷ややかな眼差しを向けてくる。
「おまえは俺のものだからだ」
「……」
全然答えになっていない。
だが、それ以上聞ける空気ではなかった。
(やっぱり怖い……)
ここは他国でアーロンの城だ。
とてもクレアが反抗できるような余地はない。
「……触らないでよね」
クレアはごそごそとベッドに潜り込んだ。
(変なことしようとしたら、全力で暴れてやる!)
(こちとら、田舎育ち。『イノシシ殺し』の異名を取る私を舐めないでよね!)
12歳のとき、イノシシに襲われ死に物狂いで撃退した武勇伝を思い出す。
(イノシシに勝てるんだから、きっとこいつにも勝てるわ!)
そう思いつつも、やはり怖い。
ふっと部屋の灯りが消された。
何か大きく温かいものが隣にいる気配がする。
だが、それだけで寝息も聞こえない。
(死んでるみたい……)
クレアはそっと隣の様子を
反対側を向いて寝ているアーロンの背中が緩く上下している。
(息はしてる……)
クレアはそっと目を閉じた。
(ああ、ミッドガンド王国の冷酷王子の隣で寝ることになるなんて……)
あまりに
(明日はどうなるのか、想像もつかない……)
それでも疲れていたのか、眠りはすぐに訪れた。
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