第6話:初めての異国のごはんです
しばらくして、近衛兵がアーロンを呼びにきた。
「アーロン様、お
「食事の用意ができたようだ。行くか」
「うん!」
ようやく待ちかねた食事の時間と聞いて、すぐさまクレアは立ち上がった。
「どこで食べるの? 一階の食堂?」
わくわくしながら詰め寄ると、アーロンが
「あ、ああ」
「何よ、その顔」
「いや……知らない国に来て、緊張して食が細くなるとかないんだな……」
「はあ? まるで私が図太いみたいに言わないでよ!」
「いや、もう少し怯えたりするかと思ってな」
「めちゃめちゃ怯えてるわ! か弱い女性がたった一人、隣国に連れて来られたんだから!」
しかも冷酷非道と噂の王子に!
――と言いたかったが、さすがに口にはしなかった。
「でも食欲はあるんだな」
「当たり前でしょ。ピンチの時ほど食べないと」
「そういうのを図太いって言うんだ」
「何よ、緊張してご飯食べられません……って弱々しく言ってほしかったわけ? そういう面倒くさい女が好みなわけ?」
降参したように、アーロンが両手を上げる。
「わかった。俺が悪かった」
「ところでメニューは何?」
ミッドガンド王国の食事は初めてだ。
興味津々で見つめるクレアに、アーロンが微笑んだ。
「メニューと言うほどではないが……肉と野菜、それにパンだ」
「肉は何!?」
「牛肉だ」
「名高いミッドガンドの牛肉ね!」
とにかく、ミッドガンドは肉が美味しいとは聞いている。
その中でも牛肉は格別に美味しらしい。
一階の食堂に行き、二十人くらい座れそうな長テーブルの端に座る。
「クレア様、どうぞ」
目の前にどっさりと野菜が盛られたお皿が置かれた。
「なかなか、豪快な盛り付けね」
山盛りに積まれた野菜に、クレアは驚いた。
普通の貴族の食事では、野菜は付け合わせでそっと置かれているだけだ。
人参、じゃがいも、ピーマン、ナスなどが、いっしょくたに炒められている。
おそるおそる口にしたクレアは目を見開いた。
「美味しい! 何これ。味が濃い!」
シンプルに塩で味付けされているだけの野菜炒めだったが、素材本来のうまみが引き出されている。
「そういえば、ミッドガンドは農業が盛んって言ってたわよね?」
「ああ。最近や小麦や野菜だけでなく、果物の栽培にも力を入れている」
「へえええ」
「自給自足だけではなく、輸出も考えているからな」
「なるほどねー。これなら売れるわ」
クレアは運ばれてきたパンをちぎって食べる。
「うお、これも美味しい! 固めのパンね」
「口に合ったようでよかった」
アーロンの言葉に、クレアは給仕をする使用人たちに目をやった。
皆、ホッとしたような表情を浮かべている。
「なにせロキシス王国と言えば、洗練された美食で有名だ。晩餐会で出された食事はどれも素晴らしかった。それに比べると、ウチの国の料理は大雑把だからな」
「でも、素材がいいから美味しいよ!」
クレアはもぐもぐ食べながら野菜を見た。
「でも、これだけ量があるなら、塩だけじゃなくてソースもあるといいかも。素材によって味を変えると飽きずに食べられるし。あ、じゃがいもはバターをのせるだけでもぐっと美味しくなるよ」
「なるほどな。料理長に伝えておく」
「こちら牛肉になります」
どん、とかたまり肉が豪快に皿に載せられてくる。
焼き色がついた肉に、クレアはさっそくナイフを差し込んだ。
(こんな大きい肉を食べるのは初めて!)
クレアは肉を切ると、もりもりと食べた。
「美味しかったけど……」
「不格好だっただろう?」
「そうね。お客様に出すなら、しっかりたこ糸なんかで肉を縛って形を整えた方がいいかも。火の通りも均等になるし」
「ほう」
「あと、塩もいいけど、これだけ量があるなら野菜と同じく肉に合うソースが欲しいわ。定番のデミグラスでもいいけど、ベリー系も合いそう」
「おまえは本当に食べるのが好きだな……」
アーロンが少し呆れ気味にこちらを見ている。
「だって! 美味しいと元気が出るでしょ! それにもったいない。素材がいいのに」
「ウチの国は食べられたらいい、という感じだしな。戦乱続きで、あまり調理法にこだわらなかった。火を通して塩で味付けが基本だ」
「塩だけじゃなくて、ハーブも使うといいわよ。アクセントになるわ」
「ふむ……。今後は他国との交流も増やすつもりだし、食事の工夫が必要だな」
アーロンが興味深そうに話を聞いてくれるので、クレアは興が乗ってきた。
「そうだよ! 王子なんだから、いいもの食べなきゃ! で、他にどんな肉があるの?」
「羊や豚、あとは狩りでとれたら鹿やウサギも。鴨やアヒルも美味いな」
「楽しみ!」
様々な肉料理を思い浮かべたクレアはハッとした。
(私……強引に連れてこられたのに、食事をめちゃめちゃ楽しみにしてる……)
(油断は禁物よ)
(死の運命がいつやってくるかわからないのに)
「それにしても、おまえはよく食うな……。ロキシス王国の女性は小食だと思っていたが」
「あ、あれは上品に見えるように食事の量を少なくしてるの。家ではもっと食べてるわよ」
「おまえ以外の女もか?」
「た、たぶん……」
食事を残らず平らげたクレアは、お腹がパンパンになってしまった。
「うう、苦しい……」
「残してもよかったんだぞ」
アーロンが心底呆れたように見てくる。
「美味しかったから、しょうがないでしょ!」
「まったく。腹ごなしにミッシーに風呂に連れていってもらってこい」
「あ、うん」
「寝間着に着替えたら、寝室に来い」
「え?」
それだけ言うと、アーロンは席を立って食堂を出て行った。
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