第5話:王太子の愛人になりました

 戸惑うクレアをアーロンが面白そうに見つめる。


「俺が身柄をもらい受けたからな。おまえは俺のものだ」

「うぐう……」


 確かに追放されたクレアを拾い上げたのはアーロンだ。

 野良猫のようにびくびくと距離を取るクレアに、アーロンがふきだした。


建前たてまえ上だから、そんなに警戒するな」

「た、建前って……」

「俺の愛人ということにしておけば、外国人でも、自由にしていても、城の誰も口を出せない」

「なるほどね!」


 クレアはほっとして肩から力を抜いた。

 言われてみれば、自分は他国から来た素性すじょうのわからない余所者よそものなのだ。

 愛人ということにしておけば、大手を振って城の中を闊歩かっぽできる。

 胸をなで下ろしているクレアに、アーロンが片方の口の端を上げた。


「おまえは俺の愛人だから、この城で好きにしたらいい。ただし、城から逃げようとしたら殺す」

「ひっ!」


 クレアが思わず飛び上がるほど、アーロンの青い目は冷酷な光を帯びていた。

 クレアが隙を見て逃げようと画策かくさくしていることなど、お見通しのようだ。


「わ、わかってるわよ、逃げないわよ……」


 我ながら弱々しい口調になってしまう。


「なら、問題ない。ミッシーを呼べ」

「はっ」


 アーロンがドア付近で待機していた近衛兵に声をかける。


「ミッシー?」

「おまえの侍女だ」

「侍女!」

「貴族の令嬢は身支度に侍女が必要なのだろう? 俺にはよくわからないから、気になることがあればミッシーに言いつければいい」

「失礼します」


 クレアより少し年上の、茶色の髪をした女性が入ってきた。

 きりっとした目が印象的な女性だ。


「ミッシー、ロキシス王国から来たクレアだ。俺の愛人だから、面倒を見てくれ」

「承知いたしました」


 ミッシーが丁寧に頭を下げる。


「初めまして、クレア様。ミッシー・モリスです。なんなりとお申し付けくださいませ」

「よろしく、ミッシー……」

「ミッシー、今日からクレアも俺の部屋で暮らすことになる。部屋に女性用の生活用品や服を用意してくれ」

「かしこまりました。ただ今用意致します」


 そう言うと、ミッシーは一礼して部屋を出ていった。


「すごく有能そうな侍女ね」

「若いが、この城の侍女を取り仕切っている。面倒見もいいから、ミッシーがついていれば大丈夫だろう」

「……」


 クレアはまじまじとアーロンを見つめてしまった。

 想像以上に手厚い。冷酷と言われている彼の意外な一面を見た気がした。


「どうした?」

「あ、ううん、なんでもない。でも、あんたはいいの? よくわからない女と一緒に暮らすなんてわずらわしくない?」


 クレアの言葉に、アーロンが大きく目を見開く。


「はっ……」

「な、何よ、何笑ってるのよ」


 くくっ、と笑いをこらえるアーロンをクレアは睨みつけた。


「おまえはずいぶん平和に暮らしてきたんだな。羨ましいことだ」

「どういうい意味よ?」

「煩わしいか……そんな瑣末なことはどうでもいい。ここで俺が本来警戒すべきは、寝首をかかれることだ」

「え?」


 一瞬、言っている意味がわからなかった。


「寝首って……私があんたを殺すってこと?」

「男を殺すには、女を寝所に送り込むのが一番簡単だからな」

「そ、そんなことしないわよ! ていうか、そもそもあんたが私を連れてきたんでしょ!?」

「そうだ」


 アーロンがにいっと凄絶な笑みを浮かべる。


「俺がおまえを選んだ。すぐに顔に出る、馬鹿正直なおまえをな」

「馬鹿は余計でしょ!」

「俺が選んだ女以外は寝所に近づかせない。絶対にだ」

「……殺されそうになったことがあったの?」

「何度もな。だから、俺は自分の城で暮らしている」

「……っ!」


 彼が自分の城を持っている意味がようやくわかった。


「家族ですら信用できないってこと?」


 アーロンは薄く笑みを浮かべ、答えなかった。


「腹がいたろう。すぐに食事を用意させる」

「やったーーー! ってあんた、私を黙らせるのは食べ物を与えればいいって思ってるでしょ!?」

「バレたか」


 アーロンが楽しげに笑ったので、クレアはホッとした。


「では今日からよろしくな、愛人殿」

「まあ、とりあえずは愛人ってことで!」


 なんだか言いくるめられた気がしたが、他に選択肢はない。


(いきなり隣国の王太子の愛人か……)

(平穏な日々からは程遠いわ……)


 これから自分がどうなるのか、まるで想像できないクレアだった。

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