第2話:途方にくれていたら、隣国の王子に拾われました

「ウィリアム王子!」


 凜とした声とともに、漆黒の貴族服に身を包んだ一人の青年が歩み出た。

 すらりとした長身と、美しい黒髪が印象的な青年だ。

 会場中の注目を集めながら、黒髪の青年が進み出る。


「ミッドガンド王国のアーロン王子……何か?」


 アーロンが怪訝けげんそうに尋ねた。


(ミッドガンドの王子?)


 ミッドガンド王国は蛮族の国とも揶揄やゆされる、戦闘民族が作った大国だ。

 洗練されたロキシス王国とは正反対と言っていい。


 血みどろの歴史を経て大国となったミッドガンドとは、ここ数年ようやく正式な国交を開始したばかりだ。


(もっと野蛮で粗野なイメージだったけど……)


 自分に歩み寄ってくるアーロンは、その所作も顔立ちも見とれるほど美しい。

 固唾を呑んで見守る貴族の女性たちからは、感嘆のため息が漏れた。

 アーロンが優雅な仕草でクレアを見つめた。


「この娘、追放するのであれば、俺がもらい受けたいのだが構わないか?」


(は?)


 突然の申し出に、クレアだけでなくウィリアムも言葉を失っている。


(な……どういこと?)


 クレアは口元に楽しげな笑みを浮かべているアーロンを見上げた。

 その澄んだ青い目には紛れもない愉悦ゆえつが浮かんでいる。

 明らかにこの状況を楽しんでいるのが見てとれた。

 動揺しながらも、ウィリアムが口を開く。


「それは……構わないが……追放したのだし……」


 もごもごと呟いた言葉を言質と取ったのか、アーロンがクレアを抱き上げた。


「わっ!」


 いきなり持ち上げられ、クレアは慌ててアーロンにしがみついた。

 背が高いので、床が遠くに感じられて怖い。


「ちょ、ちょっと……!」


 抗議の声を上げようとしたクレアの耳に、アーロンが口を近づけた。


「わざとだな」

「え?」


 至近距離で見つめられ、クレアは絶句した。

 吸い込まれそうな大きな青い瞳が鋭い光を放っている。


「おまえ、王太子にわざと嫌われるように芝居を打ったな?」

「……っ!」

「俺に子どもだましが通用すると思うなよ」


 そうささやくと、アーロンが優美な笑みを浮かべた。


「では、俺はこれで」


 まるで戦利品のようにクレアを抱え上げたまま、アーロンが颯爽と会場を後にする。


(えええええええ)


 クレアは呆然と抱きかかえられたまま、アーロンの楽しそうな横顔を見つめた。


「あの、アーロン王子……。これはどういう……」

「どうもこうも」


 アーロンがニヤリと笑った。


「おまえは俺のものだ」


 背筋に冷たいものが走る。

 好戦的で領地を広げるためにたくさんの血を流して小国を統合し、大国へとのし上がったミッドガンド王国。


 その中でも、最も冷酷とされるのが確か第1王子のアーロンだった。

 刃向かうものは、女子どもでも容赦しない苛烈さだと聞く。

 今、自分はそんな恐ろしい男のものになったのだ。


(嘘……)

(死亡フラグを回避したと思ったのに……!!)

(結局、死の運命から逃れられないの?)


 アーロンはクレアを軽々と運びながら城の出口へと向かっていく。


「暴れるなよ。おまえの手足を折るくらい、雑作ぞうさもない」


 まるでクレアの心を読んだかのように、アーロンがそっと囁いてくる。


(ううっ! バレてる!)


 令嬢とはいえ、クレアは田舎育ちで馬も扱えるし、弓やナイフも使える。

 馬車に連れ込まれる前に逃げようかと思ったが、先手せんてを打たれた。


 アーロンのそばには近衛兵らしき、黒ずくめの青年たちが五人周囲を固めている。

 少々暴れたくらいでは、とても逃げられそうにない。

 クレアが力を抜くと、アーロンがくすっと笑った。


「そうだ。諦めろ」


 むかつくが、相手がこちらを舐めているのであれば、いずれすきもできるだろう。


(今は我慢……!)


 それに国外追放された身だ。

 国内で逃亡したら、それこそ捕まえられて投獄されるかもしれない。


(とにかく、ロキシス王国を出てから考えよう……!)


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