第26話 私のせい

 意識のないシイバとへとへとになっている私を見た途端、伯母さんは悲鳴に近い声をあげた。


「ま、ま、待ってね! 今、伯父さん呼ぶから!」


 そう言って伯母さんは慌てて伯父さんを呼びに行く。


 そこからまもなく来た伯父さんは驚いたように目を開けたが、すぐに眠っているシイバを彼の自室へと運んだ。


 伯母さんに布団を敷いてもらい、シイバをそこに寝かせる。その間伯父さんはどこかに電話をかけており、何度も相槌を打っていた。


「わかった……どうもありがとう」


 電話の主に礼を言った伯父さんは電話を切るとすぐに伯母さんに泉の水を汲むように言った。何やら電話の主からシイバの応急処置を色々聞いていたらしい。


「大丈夫だよニノちゃん。シイバ、ちゃんと目を覚ますから」


 伯父さんは優しく微笑んで私の頭を優しく撫でる。ただ、伯父さんも伯母さんも私たちの身に何があったかは聞いてこなかった。


 不思議なもので、あれだけ苦しそうだったシイバも用意した泉の水を濡らしたタオルを額に置いていると幾分安らかな表情になっていた。ただ、深い眠りに落ちた彼が起きる気配はない。


「泉の水がね、シイバの体を浄化させてくれるんだって」


 私の不安を読んでいたように伯母さんは静かに告げる。


「ごめんね……私が買い物なんて頼んだから……」


「伯母さんのせいじゃないよ……むしろ、私が弱いせいだから」


 首を振る私だったが、伯母さんは相変わらず申し訳なさそうに眉尻を垂らしていた。


 沈黙の中、二人して眠るシイバを見つめる。


 シイバを見ているとどんどん胸が苦しくなった。


 私のせいでこんなにもシイバを傷つけてしまった。『幻影鏡』はシイバのことを「弱い」と言っていたが、それは違う。弱いのは、私のほうだ。私がお母さんみたいに強くて、『あやかし』を追っ払うくらいの力があったなら、シイバもこんな目に合わなかったのに……。


 がっくりとうなだれていると、伯母さんがポンッと私の肩を叩いた。


「……ちょっと休んできなさい」


「え? でも……」


「大丈夫。シイバは私が見ているから……それに、こういうのはきっと話がわかるお友達と話をしたほうがいいわ。泉のほうにいるんでしょ?」


 ドキッとした。伯母さんの「話がわかるお友達」というのはきっと蛇神様やコトコトのことだ。彼らのことを知っているということは、もしかすると伯母さんは――……。


 だが、私が尋ねる前に伯母さんは小さく首を横に振った。


「多分、私にはそのお友達は視えないわ。でも、いることは知っている。昔、琴子が話していたからね」


 そう言って伯母さんはどこか遠くを見ながらクスリと笑った。ひょっとすると、昔お母さんからいろんな『あやかし』のことを聞いていたのかもしれない。


「ほら、行っておいで。お友達、待ってるわよ」


 懐かしむように穏やかに笑う伯母さんは、そっと私の背中を押す。それが彼女の優しさなのだとわかると、私はからになったバケツを持って静かに立ち上がった。


「水、汲んでくるね」


「うん……いってらっしゃい」


 伯母さんの優しい声を背に私はシイバの部屋のドアを閉めると、急ぎ足で泉のほうへと向かった。



 * * *



 バケツを持って泉に行くと、まるで私のことを待つように蛇神様とコトコトが切り株のところに座っていた。


「ニノ……大丈夫かい?」


 蛇神様は心配そうに尋ねる。その声が優しくて、温かくて、私は思わず泣きそうになった。


「蛇神様……シイバが……」


「話さなくていい。なんとなく、わかるから」


 うつむく私の肩に蛇神様はポンっと手を置く。この温もりに鼻の奥がさらにツンとなったが、私は必死に我慢した。


「蛇神様……『幻影鏡』って知ってますか?」


「『幻影鏡』だって?」


 彼女の名前に蛇神様は驚いた声をあげると、すぐに腕を組んで神妙な顔つきになった。


「『幻影鏡』といえば前にこの辺りで悪さをしていた『あやかし』だね。大きな鏡を持っていただろ? あの鏡は相手の一番会いたい人に反応するらしく、彼女自身その姿に化けることができるんだ――悪いことなんていくらでもできそうな妖力だろう?」


「会いたい」と思うくらい大事な人だ。そんな相手に手出しすることなどできるはずもなく、『幻影鏡』は人、『あやかし』関係なくたくさんの相手を翻弄してきたそうだ。そんな彼女を懲らしめたのがお母さんらしい。やはり、あの『あやかし』はお母さんのことを恨んでいるのだ。


「それで、私のことも狙っている……」


 自分に言い聞かせるように呟くと、現実味が増して胸が苦しくなった。だが、この苦しさは自分が狙われている恐怖からではない。自分が弱いあまりにシイバを傷つけてしまったことがつらくてたまらないのだ。


「もう嫌だよ……私のせいでシイバが傷つくの……」


 こんなにちっぽけで情けない自分なんて誰にも合わす顔がなかった。もう蛇神様の顔すら見ることもできず、私はうつむいてその場で小さくうずくまった。

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