第23話 それがいい

「でも、こんな偶然ってあるんだ……」


「そういうのは偶然じゃなくて、えんっていうんだよ」


「縁……そっか、縁かあ……」


 フフッと笑って答えた蛇神様のお言葉がすとんと私の中ではまった気がした。


 おばあちゃんのこと。彼女が口ずさんだ曲のこと。ピアノのこと。バラバラだった点と点がこれでひとつの線で繋がった。だが、肝心の睦美ちゃんを上手く慰められたかどうかは自信がなかった。結果的に私は彼女を大泣きさせている。


「睦美ちゃん……元気になるかなあ……」


「さあな。というか、なんでお前も元気ないんだよ」


「そりゃ……友達が元気じゃないと、私も元気になれないよ。シイバだって、朔弥君が落ち込んでいたら元気出なくなるでしょ?」


「なんで俺が……というか、そもそも朔弥が落ち込むことないだろ」


「うっ。確かに……」


 そんなやり取りをしていると、蛇神様はおかしそうにクスクスと笑った。


「大丈夫。ニノの思いも、おばあさんの愛情もきっと伝わってるさ」


 穏やかな口調で蛇神様は私に微笑みかける。


「そうだといいなあ……」


 そうぼやきながら私は空を見上げる。時刻はもうすぐ逢魔時。夕空がどこまでもオレンジ色に光っていた。



 そして、来たる翌日。


 もうすぐ朝のホームルームが始まるというのに、睦美ちゃんはまだ学校に来ていなかった。昨日の出来事のせいで立ち直れず、学校に来られなくなっているのだろうか。そんな不安が今でも拭えない。


 だが、深刻な私の横で、シイバは「ふぁ〜」と大きなあくびをしていた。相変わらず緊張感のない人だ。


「つーか、あいつを心配するより目の前のことを心配したほうがいいんじゃねえの?」


「目の前のことって?」


「鞄。見てみろよ」


 トントンと鞄をシイバに指差されて見てみると、閉めたはずの鞄のファスナーが開いていた。


 不思議に思って鞄に手を伸ばす。すると、開いた鞄の口からコトコトがひょこっと顔を出した。


「コトコト⁉︎ また来ちゃったの⁉︎」


「コトッ!」


 手を挙げて返事をしたコトコトは、ピョンッと飛んで私の鞄から出てきた。

 そこから机の上に登るコトコトだったが、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。


「何か探しているの?」


 尋ねてみるが、コトコトは「コト〜?」と首を傾げるだけだ。そもそも、この子の言葉もわからないのだけれども。


 どうしようかと思っていたその時、教室の扉がガラッと開かれた。


「おっはよー!」


 入ってきたのは睦美ちゃんだった。しかもここ最近の暗い表情とは打って変わって声も表情も明るい。


「おはようニノちゃん!」


「お、おはよう」


 睦美ちゃんはニコッと笑って自分の席に着く。流石クラス委員で人気者の彼女だ。なんだかんだみんな心配していたようで他のクラスメイトも「大丈夫?」と睦美ちゃんに群がっていた。


「ごめんごめん。もう大丈夫だよ」


 集まるみんなを安堵させるように睦美ちゃんは目を細める。


「だって――私にはおばあちゃんとの思い出があるもの」


 その言葉に「おー」「かっこいいー」という声が聞こえる。


 そのやりとりを自分の席から眺めていると、睦美ちゃんと目が合った。


 睦美ちゃんはパチンとウインクしながら、口パクで私に伝える。


 ――ありがと。


 その仕種に私も安堵感で笑みがこぼれた。強がっている様子もないし、無事に立ち直れたみたいだ。


 そんな彼女を見て、コトコトも嬉しそうに万歳しながらジャンプしている。


「コトコト……もしかして睦美ちゃんが心配で学校に来たの?」


 思わず尋ねてみると、コトコトは「コトッ!」と片手を挙げて返事をした。


 一瞬驚いて目をみはってしまったが、その優しさと愛くるしさに私はつい破顔する。


 そこで私はコトコトの優しさに心がほっこりしていることに気づいた。あれだけ『あやかし』のことを怖がっていたのにもかかわらずだ。


 喜ぶコトコトの姿に気づかされた――人も、『あやかし』も、何も変わらないことに。勿論悪さをするような『あやかし』もいるけれど、コトコトやシイバのように心優しい『あやかし』もいる。私たち人間と同じなのだ。すべての『あやかし』が怖い者では決してない。


「ねえシイバ……『あやかし』って面白いね」


「あ? なんだよ急に」


 私の発言にきょとんとしたシイバだったが、やがておかしそうに鼻で笑う。


「……お前だって、相当面白いけどな」


「えー、それってどういう意味?」


「そのまんまの意味だよ」


 なんだかからかわれたような気がしてつい頬を膨らますと、シイバは面白そうにニヤリと笑う。


「でも――それがいいんじゃね?」


 ただ、そう言うシイバの顔は嬉しそうで、どこか満足そうに見えた。

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