第22話 私のしたこと
『甘い思い出』といえば、本来好きな人と過ごした甘い日々のことを言うのだろう。
けれども、私にはこの曲がおばあちゃんにとって睦美ちゃんと過ごしたキラキラとした日々その全てを『甘い思い出』と表しているような気がした。睦美ちゃんを見つめるあんな優しい眼差しを見てしまっては、なおさら。
曲が残り半分に差しかかった時、シイバの頭の上に乗っていたコトコトが突然動き出した。
ピョンピョンとジャンプをし、ピアノに一番近い机まで移動をする。
よく見るとコトコトの触覚があの時のように発光していた。
「コトコトー!」
両手を挙げたコトコトが力強く叫び、触覚から光線を出す。すると、あの時のようにホログラムのような青い実体が現れた。
その青い実体は私と重なり、私と一緒にピアノを弾いている。
「……え?」
その光景にシイバも睦美ちゃんも大きく目を見開いた。もしかして、睦美ちゃんにもこの光景が見えているというのだろうか。
「……おばあちゃん?」
彼女が呟いたその人の名前に私は心臓が止まるかと思った。ピアノの鍵盤蓋に映る自分を見ると睦美ちゃんのおばあちゃんらしき顔が映っていたのだ。
その顔はとても優しく、とても安らかで――……。
曲が終わる。それと同時に、コトコトの触覚から出ていた光線もしぼむように消えていく。
最後の音を鳴らした時、重なっていた彼女の手もいつの間にかなくなっていた。
曲を弾き終え、ひと息つく。たった三分ちょっとの曲なのに、もっと長い間弾いていたような気分だ。
ふと睦美ちゃんを見てみると、目からぽろぽろと涙を流していた。
「おばあちゃん……おばあちゃん……」
何度も大好きだったおばあちゃんの名前をこぼす睦実ちゃんを見ていると胸が痛くなった。
「コトコト……?」
泣いている睦美ちゃんをコトコトは不思議そうに見上げる。
ピョンピョンとジャンプして移動したコトコトは睦美ちゃんの前に立ち、ポンッと慰めるように手を置いた。しかし、『あやかし』であるコトコトの姿は、残念ながら睦美ちゃんには視えていない。
「睦美ちゃん……」
たまらず睦美ちゃんに近づき、そっと彼女の肩に手を置く。その瞬間、睦美ちゃんは私の胸に飛びつき、子供のようにわんわんと泣いた。
「ニノ……俺、教室で待ってるわ」
それだけ言ってシイバは私と睦美ちゃんを置いて音楽室を出る。多分、彼なりに気を遣ったのだろう。
泣きじゃくる睦美ちゃんの背中を、まるで赤ちゃんをあやすようにポンポンと叩く。
睦美ちゃんの言っていた曲は『甘い思い出』で正解だった。でも。元気になると思ったのに、最終的には睦美ちゃんをこんなにも泣かせてしまった。
――私のしたことは、果たして正解だったのだろうか。
やり切れない思いを感じながら、私は睦美ちゃんが泣き止むまでずっと彼女を抱きしめていた。
* * *
あれから睦美ちゃんは泣き止んだはいいが、「ひとりにしてほしい」と目を腫らしながらとぼとぼと帰っていった。
彼女の悲しげな背中を追いかけたいところだったが、そんなことを言われたら何もできない。とりあえず、私もシイバとコトコトと一緒に帰路に着いた。
ただ、あの音楽室で何が起きていたのか知りたくて、私たちはまっすぐ家に帰らず、蛇神様のところへと向かった。
いきなりコトコトの触覚が反応したこと。いきなり睦美ちゃんのおばあちゃんが現れたこと。一部始終話すと、蛇神様は腕を組んで「うーん」と悩んだ。
「『往昔写し』は強い過去の思念にも反応するからね。ひょっとして、その人は昔、音楽室とやらにいたことがあるのではないかい?」
「音楽室に? おばあちゃんが?」
どうしてまた……と思ったが、話を聞いていたシイバが「そういえば」と何か思い出す。
「あの時のばあさん、最初に会った時よりもずっと若かったな」
「え? そうなの?」
私はピアノからの反射越しから見ていたから、おばあちゃんの雰囲気しか感じ取れなかった。だが、直接見たシイバがそう言うのなら、もしかして――……。
「おばあちゃんって、音楽の先生だったってこと?」
それなら、昔ピアノを弾いていたということも、あの音楽室でピアノを弾いていた記憶が残っていたことも納得がいく。ひょっとするとあの楽譜もおばあちゃんが学校に寄贈したのかもしれない。
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