第20話 コトコトの力

 ――とは言うものの、いったいどこから探そうか。


「そういえば、どうやって過去の光景を探ればいいんだろう」


 もっと睦美ちゃんの話を聞けばよかったと後悔しながら闇雲に町を歩く。隣を歩くシイバに至っては退屈そうにあくびまでしている。この件に関してはシイバに聞くのは無駄そうだ。


「コトコト……この前会ったおばあちゃんの過去なんて探せる?」


 肩に乗るコトコトに尋ねると、コトコトは「コトッ?」と言いながら首を傾げる。こっちもわかっているか微妙だ。


 そう思っているとコトコトが肩から降りて突然走り出した。


「待ってコトコト!」


 慌ててコトコトの後に続く。こんなに小さな体なのに、足の速さは私と変わらず、走っても走っても距離が縮まらない。


 だが、あれだけ駆けていたコトコトがある場所でピタリと止まった。公園だ。ただし、夕暮れ時だから子供たちも家に帰っており、人の姿はない。


「まさかこいつ……ここで遊びたい訳じゃないよな?」


 しかめ面でシイバがコトコトに聞く。するとコトコトの頭についている触覚が眩しいくらいに輝き出した。


「コトコトー!」


 鳴き声をあげながらコトコトは触覚から光線を出す。そこで現れた光景に私は思わず息を呑んだ。


 光線の先で幼児の女の子がおばあちゃんと一緒に公園で遊んでいるのだ。ただし、ホログラムのような青い実体で、私が手を伸ばしても触ることができなかった。


 おばあちゃんのほうはこの前会った睦美ちゃんのおばあちゃんだ。しかし、前に会った時よりも若く、杖もついていない。


 ということは、この女の子が小さい時の睦美ちゃんだろうか。眼鏡はかけていないが、よく見ると今の面影がある。


 公園を駆け巡る睦美ちゃん。そんな彼女を見守るおばあちゃん。睦美ちゃんのあどけない笑い声が、この公園に響き渡る。


 その中でおばあちゃんは何かの曲を口ずさんでいた。今にも消えそうなハミングは睦美ちゃんの笑い声に掻き消されそうで、シイバやコトコトは気づいていないようだ。

 この好機を逃すまいと必死に耳を傾ける。確かに何か奏でているが、途切れ途切れではっきりとは聞こえない。


 もう少し、声にボリュームがあれば――……。


 そう思ったところで、おばあちゃんと睦美ちゃんの姿はいなくなってしまった。

 コトコトを見ると彼の触覚から出ていた光線が消えてなくなっている。コトコトの妖力切れのようだ。


「……これで満足か、ニノ」


 腕を組むシイバが息をつく。コトコトの力が使えない以上、今日のところはここまでだ。もうここに長居する理由はない。


 わかっているが、私は立ちすくんだまま動けなかった。


 成果のなさからではない。過去のおばあちゃんたちの記憶があまりにも幸せそうで……少し羨ましかったからだ。


 そして、同時に良くないことも頭によぎった。この力があれば――お母さんにいつでも会えるのではないか、と。たとえ記憶であっても、幻であっても、亡くなったお母さんに……。


 そう思った時、生温い風が私たちの間を横切った。


 その風に釣られるように公園の出入り口に顔を向ける。そこで私は見つけてしまった。すらっとした体に肩に付かないほどの黒いミディアムヘアー。後ろ姿だけでもわかる。いや、見間違える訳がない。


 あの姿は、私の――お母さんだ。


 気づいたら私は弾けるようにその場から一気に駆け出していた。


 今、確かにお母さんがいた。何事もなかったかのように普通に道を歩いていた。


 急いで公園を出てお母さんを探す。すると、まだお母さんは数メートル先をゆっくりと歩いていた。


「待って!」


 彼女に向かって叫ぶと、お母さんは立ち止まり、徐に振り向いた。


 静かに口角を上げた彼女は優しい眼差しで私を見つめる。他人の空似ではない。間違いなく私のお母さんだ。


 手を伸ばし、彼女に向かってさらに走り出す。


 だが、丁字路に差しかかったところで誰かが私の手を引いて動きを止めた。振り向くと、そこには頭の上にコトコトを乗せたシイバが私の腕を力強く掴んでいた。


「馬鹿かお前! 危ないだろ!」


 シイバに言われ、ハッと丁字路を見る。ちょうど車が出てウィンカーを上げているところだ。あのまま突っ込んでいたら車に轢かれていたかもしれない。


「てか、なんでいきなり走ったんだよ」


「だ、だって、今……そこに……」


 震えた手でお母さんがいたところを指差す。しかし、彼女の姿はもうすでになくなっていた。これにはシイバも不思議がり、頭にクエスチョンマークを浮かべている。

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