第19話 思い出の曲
――睦美ちゃんのおばあさんの
心臓の病気にかかり、いきなり倒れたと思ったらそのまま亡くなったらしい。
シイバの言う通りだった。狐の『あやかし』である彼は人より鼻が利くようで、『あやかし』のにおいや死期が近い人からにおう『死のにおい』まで嗅ぎ分けることができるとか。だから彼はいち早く睦美ちゃんのおばあさんがもうすぐ亡くなることがわかった。かといって、残念ながらそれを阻止することは彼にもできない。
忌引きのためしばらくの間学校を休んでいた睦美ちゃんだったが、次に学校に来た時、明らかに元気がなかった。睦美ちゃんはおばあちゃん子で、彼女が生まれた時からずっと一緒に住んでいたらしい。そんな大好きなおばあさんがいきなり亡くなったのだ。ここまで元気をなくすのは当たり前だ。
クラスのみんなも元気のない睦美ちゃんのことを気にかけるものの、特別に声をかける人はいなかった。おそらくなんて声をかけていいのかわからないのだろう。ただ、私は睦美ちゃんの気持ちが少しわかるから、たまらず彼女に声をかけた。
「大丈夫?」
眉尻を垂らしながら睦美ちゃんに話しかけると、彼女は「うん……」と小声で頷いた。だが、今にも泣き出しそうで、とても大丈夫そうには見えなかった。
「でも……おばあちゃんのピアノ……もう一回聴きたかったなあ……」
悲しい表情のまま睦美ちゃんは呟く。前にも話していたが、睦美ちゃんにとってピアノの音色は彼女との思い出そのものだ。叶わないとはいえ、そう思うのも無理はない。
「ねえ、おばあちゃんってなんの曲を弾いていたの?」
もしかすると私でも弾けるかもしれない。そんな期待を込めて聞いてみたが、残念ながらそう都合良くいかなかった。
「それが、曲名がわからないの。ただ、とてもきれいな曲で……凄く好きだった」
そう言って睦美ちゃんは曲を口ずさんでくれたが、彼女も一小節も覚えていなかった。幼少期に聴いたのだから覚えていないのも仕方がないが、これだけでは曲を探すのも難しい。けれども、この曲がわかったら睦美ちゃんも元気になるかもしれないから、なんとかしてあげたい。
「わかった。私、探してみる」
ぐっと拳を作って睦美ちゃんに言うと睦美ちゃんは「本当?」と顔を上げた。
たったこれだけでも彼女の曇った表情に少し輝きが戻った。だからこそ、私は睦美ちゃんのために曲を探して弾けるようになろうと思った。
だが、思った通り探索は難航した。加賀野先生に訊いてもピンと来ていないし、伯母さんに訊いてもわからなかった。シイバの妖力補充の際に蛇神様にも訊いてみたが、何百年も生きている彼でさえ首を傾げられた。勿論、シイバもそんな曲知らないという。
「それだけの音でわかる訳ねえじゃん」
無表情ではっきりと言うシイバに私は何も言えなかった。せめてもう少しヒントがあればだいぶ間口が広がるのに……打つ手のなさにがっくりとしてしまう。
「わからないなら、そのおばあさんに聞けばいいんでないかい?」
「そんなの無理だよ……もう亡くなってるんだし」
いくら蛇神様の言うことだって、そんなことができたら苦労はしない。
そう思っていたのだが、蛇神様は笑みを含みながらさらに提案する。
「おばあさんに聞くのは何も今現在ではない。過去の彼女にだよ――なあ、『往昔写し』」
蛇神様に呼ばれたのがわかったのか、草原からピョンッ! とコトコトが現れた。
「『あやかし』には未来や過去を感じ取れる者もいるんだ。私は未来を暗示するのが得意だが、この子は過去の記憶や思念を具現化するのが得意なんだ」
だからコトコトは『往昔』を『写す』で『往昔写し』なんて呼ばれると蛇神様が話す。さらりと流すように言っているが、実はコトコトは凄い『あやかし』なのではないだろうか。今だって本人は「コトッ!」としか言っていないけれど。
「もうすぐ逢魔時だ。他の『あやかし』と同じようにこの子だって力が増す。ひょっとすると、ヒントが見つかるかもしれないよ。勿論、ひとりでは行かせられないけどね」
「なあ、シイバ」と、蛇神様はシイバに視線を送る。これは「ボディガードしろ」と言っているらしい。
「お願い、シイバ。睦美ちゃんを助けたいの」
面倒臭そうにしているシイバに手を合わせる。するとシイバはばつが悪そうに頬を掻きながらも了承してくれた。
「飯の時間までだからな」
「うん! ありがとう!」
そうとなればさっそく出発。気合い十分な私に合わせるように、コトコトも元気にジャンプをした。
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