3章 往昔写し
第17話 意外な同行者
早いものでこの町に来てから一カ月が経とうとしている。
お母さんが死んでしまった時はどうしようかと思ったが、伯父さんも伯母さんも良くしてくれるし、先生もクラスメイトもみんないい人でクラスにもすぐになじめた。
ただ、いくら新しい環境に慣れても、ひとつだけ慣れないことがあった――『あやかし』の存在だ。
正直なところ、もう心が折れかけていた。『影呑み』や肝試しの時にあった男の子の霊だけでない。私の神力を求める者、私のことをお母さんだと思って積年の恨みを晴らそうとする者、いろんな『あやかし』が逢魔時になると私に襲いかかる。そのたびにシイバが追い払ったり倒してくれるのだけれども、都度怖い思いもしているから心も体も疲れてきていた。今だって放課後……逢魔時が近づくと憂うつになる。
「はあ〜……もう放課後かあ……」
シイバしかいない教室で、私は机に突っ伏しながらため息をつく。
ほとんどの生徒が部活動に入っている中、私とシイバは帰宅部だ。だから、放課後になるとこうしてシイバと二人だけになることが多かった。
「グズグズするな。さっさと帰るぞ」
肩にスクールバッグをかけたシイバが私を帰るように促す。今日は何もないようにと祈りたいが、多分そういう訳にもいかないだろう。
「逢魔時……嫌だなあ……」
スクールバッグの持ちながら小声でぼやく。
その声がシイバにも聴こえていたようで、彼は困ったように頭を掻いた。
「逆に逢魔時だけ気をつければなんとかなるだろ。自分の力が弱い時に出てくる『あやかし』なんて、よっぽどの奴――」
そこまで言ったところで、シイバの動きがピタリと止まる。しかも私の背後を見て口を開けているものだから、私も思わず振り向いた。
「……いたな、よっぽどな奴」
半笑いするシイバだが、私はそんな悠長なリアクションは取れなかった。
閉まりきった窓に反して揺れるカーテン。そのカーテンにしがみついて ゆらゆらと揺れる『往昔写し』ことコトコト。こんな場違いな光景に私は思わず声をあげた。
「コトコトー! なんでここにいるのー⁉︎」
私の声にコトコトは「コト?」と顔を向ける。そこからピョンピョンと机を飛んで私に近づき、一番近い席で挨拶するように手を挙げた。
「……ニノについて行きたかったのか?」
シイバが尋ねるとコトコトは元気よく頷く。何やら、私たちがほぼ毎日出かける場所がこの子も気になっていたらしい。
ひょっとして私たちが気づかなかっただけでこの子はずっと校内を探索していたのだろうか。凄い好奇心だ。ただ、周りには視えていないとはいえ、こちらはなんかハラハラするのだけれども。
しかし、驚く私を差し置いてコトコトは机から降りて廊下へと走り出した。
「ちょっと、コトコト!」
私たちについて来いと言っているのだろうか、駆け出したはずのコトコトが振り向いて両手を挙げる。
「いったいどこに行くんだあいつ……」
シイバが眉をひそめるが、このまま放っておく訳にもいかないのでひとまずコトコトの後を追う。
するとコトコトは校舎の一番端っこの教室にすり抜けるように入って行った。音楽室だ。あんな厚くて重たい扉もするりとすり抜けてしまうとは、流石『あやかし』だ。
いや、感心している場合ではない。放課後の音楽室なんて使わないからきっと鍵がかかっているはずだ。音楽の先生は担任の加賀野先生だが、なんと言って鍵を開けてもらおうか。
どうしようか悩む私だったが、その横でシイバがブツブツと呟きながらドアノブを回した。
「おい、鍵開いたぞ」
「ええ⁉ どうやって⁉」
「妖術使って」
「うわー、妖術って魔法みたーい」
いやいや、今はそんなことを言っている暇ではない。コトコトのところに行かないと。
ガチャリと防音完備の鉄の扉を開ける。コトコトはすぐに見つかった。教室の奥にあるグランドピアノの上で自分の存在をアピールするようにピョンピョンと飛んでいる。
「これを弾けってこと?」
「コト!」
元気良く返事をするコトコト。
シイバもグランドピアノをまじまじと見ている。
「これ……うちにもあるのと同じか?」
「あ、うん。うちのはアップライトっていう家庭用のピアノだけど」
シイバの言う通り、うちのリビングにピアノがある。ただ、ここ最近ずっとばたばたしていたから、この町に来てからずっと弾いていなかった。
悩んでいるとコトコトが「早く早く!」と言うようにずっとジャンプしている。この調子だと私が弾くまで帰らなさそうだ。
「う~ん……指動くかなぁ……」
心配に思いながら徐にカバーを開けてピアノに座る。そして頭に浮かんだ曲に合わせてそっと指を動かした。
ショパンの「子犬のワルツ」という曲だ。なんとなくちょこちょこと動くコトコトにピッタリな気がした。久しぶりに弾いたがちゃんと指もなめらかに動いてくれる。
コトコトも嬉しいのかピアノの音色に合わせてジャンプしていた。シイバも私の演奏に「へー」と興味津々に見ている。
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