第16話 新しい友達

「あとは面倒なことにならないようにこいつらの記憶を消せば……」


 シイバがにんまりとしならが独り言ちる。彼の両手はぼんやりと紫色に光っているが、あれが彼の言っていた妖術だろうか。


 だが、彼の仕上げを私は見守ることができなかった。「もう大丈夫」だと思ったら途端に集中力が切れ、一気に気が抜けてしまったのだ。


 なんだか、とても眠い。


 ――だめ、意識がもう……。


 そう思った時には私のまぶたは開けなくなるくらい重くなり、糸が切れたように倒れ込んだ。


「あ、おい! ニノ!」


 シイバの焦る声が聞こえる。だが、それに答える力もなく、私はその場で意識を手放した。




 ――ここから先は後日談となる。


 あれから気絶してしまった私は目覚めると自分の部屋のベッドに横たわっていた。伯母さんいわく、シイバが家まで運んでくれたらしい。


 それと、これも余談だが、あの男の子はこの町で何十年何百年と成仏できなくてさまよっていた幽霊だった。


 神社に住み着いてしまったのはいいが、ずっと成仏できなかったものだから魂がむしばまれて悪霊になってしまったとか。ただし『境界』に連れ込んだことも、私たちを襲ったことも悪気はなく、純粋に私たちと遊びたかっただけのようだ。なお、これは翌日にシイバと一緒に会いにいった蛇神様の受け売りだったりする。


「久しぶりに子供が神社に遊びに来たからきっと嬉しかったんだろうさ」


 蛇神様はそう言うが、そのまっすぐな気持ちも悪霊になってしまったら悪意に変わる。だからシイバは「傍迷惑な話だ」といぶかしい顔をしていた。


「シイバがやっつけてくれたからあの神社にはもう悪霊はいないよ。これで思う存分肝試しができるね」


 クスクスと蛇神様は笑っているが、正直私はもうこりごりだ。それはシイバも同じようで「もう二度と行かねえ」と不貞腐れていた。


 朔弥君たちはというと私が気絶してすぐに目が覚めたが、時間も遅かったし何よりも眠たかったからその場ですぐに解散したという。


 ちなみに彼らの記憶はシイバの妖術によってきれいさっぱり忘れられた。肝試しのことも、あの男の子の霊に襲われたことも、彼らはこれっぽっちも覚えていない。眠ってしまった彼らからしてみれば肝試しの前にみんなで寝ていただけということになる。


 ただ、学校へ行くと「サッカー部集団睡眠事件」というとても硬い名前で噂が広がっていた。「何もなかった」と感じているからこそ、事件っぽく仰々ぎょうぎょうしくしたかったのかもしれない。


「レクリエーションではしゃぎすぎて寝ちゃったんじゃないの?」


 朔弥君からその話を聞いた麻生さんは呆れたようにそう言うが、朔弥君は「絶対違うって!」と否定していた。けれども彼の必死の訴えも虚しく「男子ったら」と麻生さんに相手をされていなかった。


「な~、ニノとシイバも何か言ってくれよ~」


 すがるように朔弥君は私たちに話を振るが、私は頬を引きつらせて「あはは……」と笑うことしかできなかった。その集団睡眠事件の内容をよく知っているから何も言えなかったのだ。けれども、こうして朔弥君たちが元気でいるのは私も内心ホッとしていた。


 その話をしている最中もシイバは興味がなさそうにぼーっと窓の外を眺めていた。


 そんな彼に朔弥君は「あ!」と思い出したように声をあげる。


「ありがとな、シイバ」


「……あ?」


 いきなりお礼を言う朔弥君にシイバは不思議そうな顔をする。


 一方、シイバとは裏腹に朔弥君はにっこりと笑って彼に告げた。


「なんとなくシイバにお礼を言わなきゃいけない気がしてさ」


「えへへ」と照れたように頭を掻く朔弥君にシイバはきょとんとしていた。


 朔弥君の記憶はシイバ自身が消したはずだ。だから朔弥君はシイバが幽霊の男の子を倒したことは知らないはず。


 本当にただ「なんとなく」なのかもしれない。それでもシイバは「フッ」と小さく笑っていた。


「シイバ、また遊ぼうな」


 屈託のない笑顔を浮かべ、朔弥君はシイバの首に腕を回す。いつもなら朔弥君をうざったそうにするシイバなのだが、今の彼はまんざらでもなさそうだ。


「……気が向いたらな、


 初めて朔弥君を下の名前で呼ぶシイバに目をみはる。


 しかし、これも彼が朔弥君に心を開き始めている証拠なのだろう。そんなシイバの心境の変化に私も嬉しさを感じ、思わず笑みをこぼした。

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