第13話 戻ってこない

「……もう最初のひと組は戻ってきていいはずだよね?」


 確認するように尋ねると朔弥君はコクリと頷いた。ただ、その表情にはいつもの明るさはなく、不安そうに眉尻が垂れている。


「これは……ちょっときな臭い感じがする」


 どこまでも暗闇が続く神社の参道を見つめながらシイバが呟く。すると、居ても立っても居られなくなったのか、朔弥君が神社のほうへくるっと体を向けた。


「俺、先輩たちを探してくる」


 駆け出そうとする朔弥君だったが、嫌な予感がして咄嗟に彼の腕を掴んだ。


 上手く言葉にできないが、この参道から『影呑み』と会った時と似たような空気を感じる。このまま彼を一人で行かせたら、彼もまた他の先輩たちのように戻ってこないような気がするのだ。


「待って朔弥君……私も行く」


「はあ?」


 私の発言に素っ頓狂な声をあげたのはシイバだった。


「なんでお前も行くんだよ。先に行った奴らのことなんてろくに話したこともないんだろ?」


「そうだけど、このままじっとなんてしてられないよ。どんな時でも困っている人がいたら助けなきゃ……少なくとも、お母さんならきっとそうしてる」


 シイバに訴えているとその横で朔弥君が目を丸くしていた。


 あれだけ怖がっていた私が彼についていくのが意外だったのだろう。だが、朔弥君だって顔が強張っていた。きっと彼も不安で怖いはず。それでも彼は勇気を奮い立たせて先輩たちを助けようとしているのだ。私は、そんな彼も放ってなんかおけない。


「足手まといにならないように頑張るから……」


 真剣な眼差しでシイバを見つめる。その一方でシイバは困ったように頭を掻いた。


「お前……どれだけお人好しなんだよ……」


 私に呆れてがっくりとうなだれるシイバ。しかし、そのあとすぐに「しょうがねえなあ」とため息をつきながら顔を上げた。


「どうせお前ら二人で行っても何もできねえだろ。仕方ないからついて行ってやるよ」


 彼の参加に私と朔弥君の表情が明るくなる。


「ありがとう! シイバ!」


 シイバも来てくれるなら、これ以上心強い者はない。手を握ってシイバに感謝を伝えるが、「ちけえよ……」とシイバに視線を逸らされた。けれどもこの暗さでも頬を赤めているのがわかるから、ただ照れているだけであろう。


 だが、力強い味方が増えても事態が悪いことには変わりない。早く行って、先輩たちを助けに行かないと。


「よし、行こう!」


 朔弥君は気合いを入れるように声をあげ、先陣を切って神社の参道に入る。


 そんな私たちの背中を押すように生ぬるい夏の風が静かに吹いた。それはまるで私たちをあの暗闇に誘い込んでいるようにも見えて、その不気味さに思わずごくりと唾を呑んだ。



 * * *



 暗闇の中、朔弥君の持つ懐中電灯を頼りに黙々と進む。


 肝試しコースである参道は街灯もなく、夜空の星の瞬きがはっきりと見えるくらい暗い道が続いていた。


 一本道だし、我が家の神社のような谷もないからどこかへ落ちるような危険性もない。この感じだと迷ってしまったという可能性は低そうだ。しかし、そのまま帰宅するとなると入り口である鳥居には私たちがいる。


 見逃していた? でも、一声かけずに帰宅するだろうか。


 考えれば考えるほど、訳がわからなくなる。


 この考えも私が恐怖から逃れるための現実逃避だった。先頭の朔弥君の服の袖を掴ませてもらっているし、後ろにはシイバがいる。頼りになる二人に挟まれているが、先ほどから恐怖心に押しつぶされそうでずっと心臓がバクバク言っていた。だが、二人の力になると決めたのだから、迷惑をかけないように頑張らないと。


「ねえ、シイバはどう思う?」


 くるりと振り返ると、シイバはしきりにクンクンと何かのにおいを嗅いでいた。


「何してるの?」


「……『あやかし』のにおいでもしねえかなって思ってな。他の奴らが戻ってこないってなると、多分『境界』に行っていると思うし」


「『境界』って?」


 新たな専門用語に聞き返すと、朔弥君も反応するように振り向いた。


「シイバ、『境界』ってなんだ?」


「簡単に言えば現世うつしよ常世とこよ……お前らのいる世界と黄泉よみの世界の間だと思えばいい」


 シイバが言うには『境界』ができやすい条件というのがあるらしい。


 周りを隔てる山や川。神社の鳥居。そして逢魔時……つまり山間やまあいの野井津町は境界ができる好条件が揃っているということ。蛇神様も「『あやかし』が多い町」と言っていた理由はこういうところにもあるようだ。


「シイバ……お前凄いな」


 感心している朔弥君だが、目は驚いたように大きくなっていた。つらつらと流れるように憶測を立てるシイバが意外だったらしい。


「でも、ここは神社だろ? 神様が祀られているんだから、むしろ俺たちを守ってくれるんじゃねえの?」


 朔弥君は浮かんだ疑問をぶつけるが、シイバは「あ?」と顔をしかめた。

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