第9話 睦美ちゃんと朔弥君

「あたし、麻生睦美あそうむつみ! クラス委員をしてるの!」


「俺、美作朔弥みまさかさくや! 朔弥でいいよ。よろしくな、ニノ!」


「よ、よろしくお願いします」


 二人の元気さに思わずたじたじになる。


 一方、シイバはそそくさと席に戻ろうとする。


 だが、逃げようとするシイバの腕を朔弥君がすかさず取った。


「逃げんなよシイバ〜! 一緒にサッカーしようって〜!」


「サッカーって……朔弥君、サッカー部なの?」


 突然出てきた言葉につい聞き返すと、朔弥君は「そう!」と目を輝かせた。


「でも、同級生でやってる人いないからさー。だから、シイバも一緒にやろう!」


「『だから』ってなんだよ! そんな面倒なことやらねえって!」


「えー、だってお前帰宅部だろー? やろーやろー」


「やんねえ! しつけえなあもう!」


 シイバに眉間にしわを寄せられるが、朔弥君は「やろーやろー」とシイバの腕をぶんぶん回している。シイバに対して一向に退かないこのスタイルは尊敬に値する。


 そんな堂々巡りの彼らを苦笑いしながら見ていると、朔弥君が「それなら」と話を変えた。


「部活はとりあえずいいから、一緒にサッカー部のレクリエーションに参加しようよ!」


「れくりえーしょん?」


「そうそう。今週の土曜の夜にみんなでやるんだ。二人とも転校してきたばかりだし、一緒に遊ぼうよ!」


 いつの間か私も参加メンバーに入っているのが気になるが……彼の言う通り、親睦を深めるという意味ではレクリエーションの参加はいいことだと思う。


「ど、どうする? シイバ……」


 と、聞いてみようとする前に、すでに朔弥君から「いこーいこー!」とアタックされていた。


「わかったよ! 行ってやるから離せって!」


 朔弥君のあまりの猛烈さにあのシイバがついに折れた。すると、朔弥君は「本当⁉」と持ち前の大きな目をキラキラさせてシイバを見つめる。


「決まりな! 土曜の夜七時に迎えに行くから忘れるなよ!」


 ビシッと指を差しながら朔弥君は自分の席に戻っていく。


 彼が席に着くとまるでそのやり取りを見ていたかのように教室に授業開始のチャイムが鳴った。私たちも自分の席に戻らねば。


 それにしても、勢いに身を任せていきなり参加することになってしまったが、肝心のレクリエーションの内容を聞き逃してしまった。


 レクリエーション……いったい何をやるのだろう。


 自分の席の机に肘を突きながら、ぼんやりとそんなことを考える。

 それが、大変な事件の幕開けになることも知らずに――……。



 * * *



 放課後のこと。


 なんとか転校初日を無事終えた私はシイバと一緒に帰宅していた。


「俺、寄るところがあるから先に帰ってろよ」


「寄るところって?」


「別に言うほどでもねえよ」


「いいよ。付き合うから」


「付き合うって……絶対お前、退屈するぞ」


 渋い顔をするシイバだったが、私をあしらおうとはしなかった。


「いいよ、それでも」


 そう言って笑って見せると、シイバは「そうかよ……」と気恥ずかしそうに頬を掻く。どうやら、ついて行くことを了承してくれたらしい。


 寄り道すると言いつつも、彼の進行方向は相変わらず自宅だった。


 だが、境内に入ったところで家には向かわず、手水舎の階段を降りて行く。あそこにあるのは泉と祠だ。そういえば、初めてシイバと会った時も彼はあの泉の近くで涼んでいた。


 不思議に思いながらも彼について行くと、シイバは祠の横にある切り株に腰をかけてひと息ついた。


「何してるの?」


「休憩っていうか……充電っていうか……」


 白髪が混ざった髪を掻き上げながらシイバは口ごもる。


 ただ、ここに来た途端、心なしか彼の表情が普段より穏やかになっている気がした。確かにここは森の中だから日の陽ざしもそこまで入ってこないし、水面が光る泉もきれいだし、心が落ち着くのもわかる。


「シイバのお気に入りの場所なんだね」


「べ、別にそんなんじゃねえよ……」


 目を細める私からシイバはプイっとそっぽを向く。しかし、ツンケンしている割には頬が少し赤い。ひょっとするとただの照れ屋さんなのかもしれない。


 シイバの新たな一面を知れてニコニコしていると、どこからともなく「おや?」と声が聞こえた。


「おかえりシイバ。それと……この子が噂の娘かい?」


 落ち着きのある男の人の声が聞こえるが、姿はない。いったい、この声はどこから聞こえているのだろう。きょろきょろと辺りを見回しても、声の主は見つけられなかった。


「もしや私の声が聞こえるのかい。君は耳がいいんだね」


 再び聞こえた声に咄嗟に固まる。


 すると、今度はシイバの足元から「ここだよ」と声がした。


 だが、姿を現した声の主の正体に私はぎょっとした。

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