2章 蛇神

第8話 転校初日

 シイバが『あやかし』だとか、私に凄い神力があるだとか、いろんなことがあった昨日だったけれど、今日は今日で一大イベントが待っていた。


 今日は月曜日。新しい中学校の転校初日だ。


 私の通う学校は町立野井津中学校。この町に唯一ある中学校で、ひと学年十数人しかいないような小さな学校だ。


 少人数しかいないクラスとはいえ、みんなと仲良くなれるだろうか。


 ドキドキしながらこうして教室の扉の前で先生に呼ばれるのを待つ。テレビや漫画で何度も転校生の登場シーンは見てきたが、まさか自分がこんな経験をするとは思ってもいなかった。


 深呼吸……深呼吸……。


 何度も息を吸って、吐いて、心を落ち着かせる。


 そうして待っているうちに、ついに教室の扉が開いた。


「ほら、入って」


 担任である加賀野かがの先生が優しい声で手招きする。


 いよいよだ。さあ、行こう。


 意を決して私は教室の中に踏み入れる。


 中に入ると、「わあ」と感嘆の声が聞こえた。


 教室の中にいる十数人の視線が一気に集まる。

 しかし私はすっかり緊張してなかなか周りを見ることができなかった。


 そんな緊張している私を差し置いて、加賀野先生は嬉しそうにしながら黒板に私の名前を書いている。


「――では、改めて……篠崎仁乃さんです。みなさん、仲良くしてあげてください」


「よ、よろしくお願いします!」


 加賀野先生に紹介され、反射的に頭を下げる。すると、周りの生徒たちがパチパチと拍手をしてくれた。温かく迎えてくれて、少しホッとした。


 緊張感から解き放たれ、ようやく教室内を見回すことができた。


 転校生の私に興味津々に目を輝かせる人、私と同じように緊張している人、にこやかに笑ってくれる人、いろんな人が私のことを見ていた。


「席は一番後ろの空いているところね」


「あ、はい!」


「緊張しなくて大丈夫。ちゃんと彼の隣にしてあげたから」


 加賀野先生に言われて一番後ろの席に顔を向ける。そして視界に入った隣の席の生徒に思わずぎょっとした。


 みんなと同じ学生服を着ているが、見間違うはずはない。


 黒にまだらに入った白い髪。ツンケンとしたあの態度。どこからどう見てもシイバだ。


「シ、シイバ⁉︎」


 あまりの驚愕に声をあげてしまったが、時はすでに遅し。先生も含め、みんなきょとんとしながら私のことを見ていた。


 やってしまった。私ったら転校早々こんな大きな声をあげるなんてはしたないことを……。


 もう自分に向けられている視線に痛みすら感じる。この恥ずかしさに私はたまらずその場から逃げるようにスタスタと歩き、さっさと自分の席に着いた。


 ただ、私がこんなにもうろたえているのにもかかわらず、シイバは窓の外を見ながら大きく口を開けてあくびをしていた。


 そんな彼をホームルームを終えたわずかな中休みで廊下に引っ張って連れて行く。


「な、なんでシイバがここにいるの⁉」


 血相を変えて舌をまくし立てる私だが、シイバは相変わらず淡々としていた。


「なんでって……お前を守るなら学校も一緒にいったほうがいいだろ」


 シイバが言うには彼は上園家の養子として数日前に転校してきたことになっているらしい。


 ちなみに私が転校してくることも、私とシイバが従兄弟だということもクラスのみんなは知っているのだとか。


 話が早いのはとても助かる。ただ、それを聞いたうえでもわからないことがあった。


「い、いったいどうやって転入手続きしたの……?」


「妖術で連中の記憶を操作した」


「わー、すごーい。シイバってそんなことできるんだー」


 ――って、感心している場合ではない。というか、妖術とか記憶操作とか、さらりと恐ろしいことを言っているし。あと、それは問題ないのだろうか。法律的な意味で。


 そんな心配をよそに、シイバはニヤリと悪戯っぽく笑う。


「まあ、その辺りは心配するな……上手くやるからよ」


 その「上手く」というのは、記憶をいじくるということを言っているのだろうか。


 シイバのことはまだよくわかっていないが、この子が『あやかし』だということを図らずも再認識してしまった。


 しかし、本当に大丈夫なのだろうか……『あやかし』の前にぶっきらぼうだし、こんなに気怠そうだし、『あやかし』の前に問題児として扱われる気がするのだが……。


 そんな一抹の不安を抱えているのはどうやら私だけのようで、シイバは「戻ろうぜ」と制服のポケットに手を突っ込みながら、教室に戻った。



 * * *



 教室に戻ると、私とシイバを見て前髪が立った男の子と赤い縁眼鏡をかけた女の子が駆け寄ってきた。


「あ! いたいたニノちゃん!」


「シイバ〜! どこへ行ってたんだよ〜!」


 屈託のない笑顔を浮かべながら近づく二人の勢いに私もシイバも驚いて退く。


 しかも二人とも名前を知らないので、私はシイバの後ろに隠れて「えっと」と口ごもってしまった。


 すると、私の様子に察した女の子が「あ!」と声をあげた。

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