第7話 時々従兄弟で、時々『あやかし』
「もしかして、さっきシイバが『影呑み』に私が琴子じゃないって言ったのって、私がお母さんだと思われてたからってことなの?」
「そういうこと。あいつは顔じゃなくて、お前が発している神力特有の空気感で判断したんだろ。まあ、それでなくても神力が高い奴を食うと妖力が莫大に増えるらしいし、美味いっつうから、あいつ以外でもお前のこと狙ってくるんだろうな」
「へ、へえ……そうなんだ……」
あれ? 今、とんでもないことをさらりとシイバが言ったような気がする。
え? ということは私はこれからあんな怖い『あやかし』や幽霊に襲われるようになるということ?
「そんなの嫌だぁぁぁ!」
もうあんな怖い思いをしたくないのに、これが始まりだなんて信じたくない。そもそも私は幽霊やオカルトなどの類いは大の苦手だ。
これから起こるであろう恐ろしい現状に私は愕然とその場でしゃがみ込む。だが、落ち込んでいる私を見てシイバは頭を搔きながらもはっきりとこう告げた。
「だから俺が守るって言ってるんだよ」
涙目でシイバに向けて顔を上げると、彼の大きな黒い瞳と目が合った。その目はまっすぐで凛としており、彼の言葉に嘘も迷いもないように見えた。
「でも、どうしてシイバがそこまでして私のことなんか……」
目をぱちくりしながら素朴な疑問をぶつける。
私を守るということは、これからシイバは先ほどのような怖い『あやかし』と戦うということだ。そんな出会ったばかりの私を身の危険をさらしてまで守るなんて義理はないと思うのに。
そう言うとシイバは眉をひそめ、「ああ?」と不機嫌そうな声をあげた。
「そんなの、琴子と約束したからに決まってるだろ」
「お母さんが――」
出てきた彼女の名前に思わず息を呑む。もしかしたら、お母さんはいつか私がこんな目に遭うことを知っていたのだろうか。それで、シイバに私を守るように言っていたのだろうか。
いろんな疑問が浮かび上がるが、脳裏によぎるお母さんは口角を上げて微笑んだままで、何も答えない。
それでも私がこぼした言葉は、彼に対する謝罪だった。
「ごめんねシイバ……こんなことに巻き込んじゃって」
うつむいて肩を落としていると、シイバは意外そうな顔で何度も瞬きをした。
「お前……なんで自分の心配じゃなくて俺の心配してるんだよ」
「だ、だって……お母さんと約束したからって、シイバまで危険な目に遭わせるなんて申し訳ないもん」
勿論、シイバが守ってくれるなんてこれ以上心強いことはないし、私も『あやかし』に襲われるのは怖い。ただそれでも申し訳なさのほうが
自分でどうにかできれば一番いいのだが、シイバの言う『雑魚』な『影呑み』ですら手も足も出なかったのだ。だから、今はシイバの力を頼らずにはいられない。自分の無力さがとてももどかしい。
この悲しい現状にすっかり落ち込むと、シイバは渋い顔をしながら私に告げた。
「そんなことで悩まなくていいから、お前は黙って俺に守られてればいいんだよ」
恐る恐る顔を上げると、彼はばつが悪そうに頬を掻いていた。その仕種がどこか可愛らしくて、おかしくて、私は思わず笑みをこぼした。
「シイバは『あやかし』なのに怖くないね」
目を細めてシイバに言うと、彼は驚いたように目を大きく開けた。だが、少し照れたのか、頬を赤めながらすぐに私から視線を逸らす。
「へ、変なこと言うんじゃねえよ。ほら、さっさと帰るぞ」
そう言ってシイバは逃げるように帰路へと足を向ける。そんな彼に私は「待って」と呼び止めた。
「私、
振り返る彼に手を差し出すと、シイバはきょとんとしながら何度も私と差し出した手を見ていた。今更だが、ちゃんと自己紹介をしていなかったことを彼も思い出したようだ。
「これで『お前』とか『琴子の娘』とか呼べないね」
フフッと笑ってみせると、シイバも釣られるように小さく笑った。
「本当……変な奴」
そう言いながらも、シイバは優しく私の手を握り返す。
「わかったよ……ニノ」
観念したようにシイバは小さく私の名前を告げる。
初めて呼ばれた名前はどこかくすぐったく感じた。それでも彼が名前を呼んでくれたことが嬉しくて、私は目を細めて笑った。
――同居人は、義理の従兄弟で、時々『あやかし』。
オレンジ色に輝く夕空と降り注ぐような蝉時雨は、そんな私たちのことを静かに見守っていた。
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