第4話 はじめてのおつかい

 スイカを食べる間も、私たちは一言も会話をしなかった。


 静かすぎて風に揺れて擦れる木の音やヒグラシの声がここでも聞こえる。夏らしい清々しい雰囲気なのに、二人の間に流れる空気が重い。


 あれ? 私たちって家族なんだよね?


 苦笑いしながらちらりとシイバを見るが、シイバはぼーっとしながらオレンジ色に染まる空を見つめているだけだ。まるで私なんて眼中にないようなこの仕打ち。家族扱いされていない気がしてならない。


 そんなことを感じているうちに、スイカを食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせ、スイカの皮と皿を台所に持っていく。そこでは伯母さんが夕食の準備をしており、トントンと音をたてながら包丁で野菜を切っていた。


「私も手伝う?」


 尋ねると伯母さんは「んー?」と小首を傾げながらこちらを振り向く。


「ありがとう。でも、大丈夫だからニノは休んでて」


「で、でも、やることなくなっちゃったし……」


 と言いながらも、本当はシイバと二人でいるのが少し気まずいだけだったりする。だが、そんなことを伯母さんに言えるはずがなく、誤魔化(ごまか)すように視線を逸らす。


「か、買い物とかあれば手伝うよ」


「あら、いいのよそんなに気を遣わなくたって――あ、そうだ」


 何かを思い出した伯母さんは一度手を止め、居間へと足を向ける。


「ここの近くにスーパーがあるの。その中にお花屋さんがあるから、琴子のお花を買ってきてくれる?」


 そう言って伯母さんは白い紙にスーパーまでの地図を描いてくれた。スーパーはここから農道をまっすぐ歩いて国道に出たところにあるらしい。これくらいなら土地勘がない私でも行けそうだ。


「多分往復三十分もかからないだろうから、散歩がてら行ってきたら? シイバは? ニノと一緒に行ってきてくれない?」


 伯母さんは縁側に座るシイバにも尋ねてみるが、彼は無言だった。この感じだと一緒には行かなさそうだ。ただ、その態度に伯母さんも「もうっ!」とご立腹だ。


「ごめんねニノ。一人で行けそう?」


「これくらいなら大丈夫だよ」


 笑って返すと、伯母さんも「そう」と頬を綻ばせる。


「何かあったら遠慮なく電話してね。こんな田舎だけど、電波はあるから安心して」


「うん、わかった!」


 伯母さんから代金をもらい、玄関で靴を履く。すると、先ほどまで縁側にいたはずのシイバが私の後ろに立っていた。


「シイバ?」


 名前を呼んでみるが、シイバはじっと私の顔を見るだけで何も言わなかった。ただ、その表情はどこか真剣で、緊迫した感じがあった。


 やがてシイバがその重たい口を開く。


「……『おうまがどき』には気をつけろ」


「おうまがどき?」


 だが、訊き返してもシイバは何も言ってくれなかった。


 きびすを返したシイバは、無言のまま居間へと戻る。


 いったい、彼の言葉の意味はなんだったのだろうか? 不思議に思いながらも、私はひとまず家を出た。



 * * *



 伯母さんからもらった地図を頼りに、私は農道を通ってスーパーへと向かう。


 伯母さんの言う通り、農道をまっすぐに行くだけだからスーパーの場所はすぐにわかった。


 花屋は入り口から入ってすぐのところにあり、そこでお母さんの好きな花を何束か買う。少し冒険をしてみたいものの、まだこの町に来たばかりだから一人で巡る勇気はなく、今日のところはすぐに帰ることにした。


 おもむろにスマホで時刻を確認する。ディスプレイに映る時刻は十七時三十分。どんなにかかっても十八時までには家に帰られそうだ。


 夕空を見上げながら帰り道をゆっくりと歩く。


 どこまでもオレンジ色に広がる夕空は不思議と大きく見えた。それはここが畑地帯で背の高い建物がないからそう思うのだろう。この夕暮れの涼風も、ヒグラシの鳴き声も、ひとつひとつが新鮮に感じる。


 新しい町での夏は私にとっては刺激的で、この新鮮さを噛みしめながらしばらく農道を歩いた。


 この時間帯だと畑作業も終わっているようで、ここには私しかいなかった。車通りもなく、とても静かだ。


 ――そう、静かだった。


 この違和感を抱いた時、私はすでに数十分はこの農道を歩いていたと思う。


 嫌な感じがしたので、慌ててポケットからスマホを出す。時刻は十七時三十五分。店を出てからたった五分しか経っていない。そんなことない……はずなのに。


 ハッと顔を上げて辺りを見回す。あれだけ騒がしく鳴いていたヒグラシの声が聞こえないし、涼しさを感じていた風もピタリと止んでいる。


 どうしよう。怖い。


 そう思った時、私は無意識のうちに走っていた。


 きっと気のせいだ。のんびりと歩いていたから、時間もゆっくりに感じただけだ。


 そうやって自分に言い聞かせて農道をまっすぐ駆け出す。この農道を抜ければ神社の鳥居が見えてくるはず。そうすれば、家はもう少しだ。


 走った。とにかく走った。息が切れるくらいに。体の汗ばみを感じるくらいに。


 それなのに、一向に神社の鳥居は出てこない。

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