第3話 義理の従兄弟のシイバ君

「シイバも一緒だったのね」


「光義と同じこと言うなよ……」


 眉をひそめる男の子に伯母さんは「いいじゃない」と笑う。


「ね、ねえ……シイバって……」


 ドキドキしながら男の子に訊いてみると、男の子は「あ?」と不機嫌そうに顔をしかめた。


 その横で、伯母さんも不思議そうに首を傾げている。


「もしかして、琴子からシイバのこと聞いてない?」


「う、うん……」


「ええ⁉」


 どぎまぎしながら頷いた私に伯母さんはびっくりした声をあげる。


 その隣ではシイバと呼ばれた子が顔を歪めたまま面倒臭そうに深くため息をついた。


「言わなくてもいいだろ。そのうちわかるし」


 そう言って靴を脱ぎ、シイバはスタスタと家の奥へと入っていく。


「ちょっと、シイバ!」


 シイバの背中に伯母さんも声をあげるが、彼は振り向きもしない。


「まったくもう……」


「まあまあ、あの子がそう言うのだから……」


 困った顔で腕を組む伯母さんを伯父さんは優しくなだめる。


 そんな二人のやり取りを私はぽかんとしながら眺めていた。


 伯母さんはすっかり置いてけぼりになった私に気づき、「えっと……」と言いながら私に告げる。


「彼は椎葉シイバ。あの子があんな感じだから詳しいことは追い追い話すけど……私たちの子供ということにしているわ」


「伯母さんたちの……子供?」


 彼女の意味深な言葉を繰り返す。伯母さんたちには子供がいないから、彼を養子にしたということなのだろうか。確かに代々続く神社なのに子供がいないとなると、後継として養子を取るということもあり得るか……。


「ていうことは、あの子は私の従兄弟いとこになるの?」


「まあ……一応そうなるね」


 私の素朴な疑問に伯父さんがコクリと頷く。


 血の繋がらない従兄弟か……なんだか、不思議な感覚だ。ツンケンしているけれど、あんな美形な男の子が伯父さんと伯母さんの息子で私の従兄弟なんて……。


「あれ? そういえば息子ってことは……」


「あ、うん。シイバもこの家に住むよ」


「えぇぇぇ⁉」


 私の驚愕した声が家中に響く。


 こんな展開まったく想像していなかった。引っ越して早々いきなり従兄弟ができて、そんな子と同じ屋根の下で暮らすことになるなんて。いや、よく考えれば当然なのだけれども、全然頭がついていかない。


 もう考えるのも疲れてしまってガクッとしていると、伯母さんが頬を引きつらせながら慰めるように私の肩を叩いた。


「ご、ごめんね。琴子がシイバのことをここまで話してないとは思ってなくて……」


 伯母さんは慌てて平謝りする。言いたいことも聞きたいことも色々あるが、居候いそうろうの身の私が彼についてあーだこーだ言えない。伯母さんたちにこれ以上迷惑をかけないためにも、彼と仲良くしなくては。


「ダイジョブ。タブン」


 ぐっと親指を立ててみるが、私のカタコトに説得力がないようで伯父さんも伯母さんも苦笑いを浮かべていた。


 ――お母さん。無事に新居には着いたけれど、波乱はいっぱいありそうです。


 心の中でお母さんに告げる。無論、お母さんの返事はなく、ただ彼女の「してやったり」という顔が脳裏に浮かんだ。



 * * *



 あんなことがあったが、あれからシイバは夕食を取ることもなく、ずっと私の隣の部屋に引きこもっていた。


 何か話しかけるべきだったのかもしれないが、シイバもあの態度だし、私も引っ越しの荷解きで忙しかったから、その日は結局彼に会うことなく眠りについた。


 そんな私がひと息つけるようになったのは、翌日の夕方になってからだった。


 明日から学校も始まるから、この日はずっと自室の整理をしていた。


 自室と言っても、昔のお母さんの部屋をそのまま使わせてもらうのでベッドや勉強机、棚など大きな家具はあらかじめ揃っていた。その辺りは普通の引っ越しより楽だったかもしれない。私が特別に持ってきたものといえばピアノくらいだ。


「ふぅ」と息をつきながら、手の甲で額を拭く。すると、そのタイミングを見計らったように一階から伯母さんの声が聞こえた。


「ニノー。スイカあるから食べないー?」


「あ、食べるー」


 伯母さんに返事をし、鼻歌交じりで階段を降りる。


 伯母さんの家の居間は和室だ。畳の真ん中に木製のローテーブルがあり、昨日もそのテーブルの前に正座して三人でご飯を食べた。今はちょこんと皿にのったスイカが置かれている。


 奥を見ると襖が開いており、縁側でシイバがあぐらをかいて座っていた。その隣には皿ときれいに食べられたスイカの皮が置かれている。


 昨日も今日も一緒に食事を取らなかったシイバだが、いったいいつ食べているのだろう。そんな疑問を持ちながらじっと彼の背中を見つめる。


「……なんだよ」


 私の視線を感じたのか、シイバがふてぶてしい顔で振り返る。相変わらず機嫌が悪そうだったので、「なんでもない」と一言返し、用意してくれたスイカの前に座った。

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