第2話 小さな祠と謎の男の子
とりあえず「パンパン!」と拍手し、神様に一礼した。
静かだ。風の音だけでなく、先ほどの手水舎から流れ出る水の音まで聞こえてくる。
そっと目を開け、改めて辺りを見渡す。この町自体が木と山に囲まれていることもあり、ここもまるで森の中にあるみたいだ。
ふと横を見ると、塀の近くに小さな鳥居があった。
その鳥居の奥には階段があり、森の奥へと続いている。しかし、近づいてみてもその先は暗くなっており、何があるのかわからなかった。
この先にはいったい何があるのだろう。
不安より、好奇心が
階段を降りた先は谷のようになっており、どんどん森の中に吸い込まれた。辺りに生えた針葉樹が空を隠しているせいで、まだ夕方なのにここだけ薄暗い。それに、見上げた空も小さく見える。本当にここは神社なのだろうか。すっかり別世界にいるみたいだ。
しかし、階段を下りきった先の光景に私は思わず声をあげた。
「うわぁ……すごーい……」
とてもきれいな場所だった。中央に泉があり、その奥には小さな鳥居と祠があった。
しかも泉の真ん中には木造の橋がかけられており、鳥居や祠までそれで渡っていける。他にも泉の周りは参道みたいに歩けて、泉に浮かぶ蓮や周りに生えた木花を近くで見られた。
木の隙間からこぼれた木漏れ日が泉の水面に反射してきらきら光る。その光景も美しくて、私はすっかり心を奪われていた。
――あ、そうだ。あそこの神様にもご挨拶しないと。
そう思った私はドキドキしながら泉の橋を渡った。
ただ、橋を半分くらい渡ったところでここにいるのが自分だけではないことに気づいた。祠の横に置かれた切り株に男の子が座っていたのだ。
その男の子は髪色が独特で、黒の中にまだらに白髪が混ざっている。あれは地毛だろうか。 私と同年代に見えるが、あの髪色で確信が持てない。
じっと男の子を見つめていると、ぼんやりと泉を眺めていた男の子がゆっくりとこちらに顔を向けた。
「こ、こんにちは……」
たどたどしく礼をすると、男の子は驚いたように少し吊り上がった大きな目を見開いた。
「……
「え?」
思わず驚いた声をあげてしまった。彼が呟いたのは私のお母さんの名前だったからだ。
「お母さんを知ってるの?」
男の子に尋ねると、彼は一瞬眉をひそめた。けれどもすぐに納得したように「ああ……」と頷く。
「お前が鈴子の言っていた琴子の子供か」
「こ、琴子の子供って! 自分だって子供じゃない!」
なんなのだこの子は。どう見たって子供なのにお母さんだけでなく、伯母さんまで呼び捨てにするなんて……。
しかし、男の子は「やれやれ」と言いながら頭を掻いた。
「ねえ、君は伯母さんとお母さんの知り合い?」
尋ねてみても、彼は無言でこちらを見てくるだけで何も答えなかった。
彼の大きな黒い瞳と目が合う。
吸い込まれそうなその瞳に心臓がドキッとした。男の子だとはわかっているけれど、女の子みたいなきれいな顔立ちだ。色白で線が細く、目鼻立ちもいい。そんな美形な子にここまで見つめられることなんて今までなかった。正直、どうすればいいのかわからない。
顔が
「お前……もしかしてなんも聞いてねえの?」
「なんもって……え?」
そんな意味深なこと言われたら気になるのに、彼はその先を説明せずに「やれやれ」と言いながらゆっくりと立ち上がった。
「まあ、いいや……ほら、行くぞ」
「い、行くってどこに……」
「うちに決まってるだろ。鈴子と
くるっと背中を向けた彼はそのまま階段を上る。
言われるがままに彼の後に続くと手水舎の裏に出た。どうやらこの階段と先ほど私が降りた階段が泉の祠を繋いでいるらしい。
歩いている間も男の子はずっと黙っていた。そして黙々と歩いているうちに社務所にたどり着き、彼は堂々と社務所の扉を開ける。
「え! 勝手に開けていいの?」
と、驚くのも束の間、 社務所の玄関には装束姿の光義伯父さんがしゃがんで作業をしていた。
「おや、シイバと一緒だったんだね」
伯父さんは垂れ目を細めながら紫色の袴を直して立ち上がる。
「おかえり。それと……ようこそ、ニノちゃん。これからよろしくね」
「こ、こちらこそ!」
軽く会釈して微笑む伯父さんに私も慌てて頭を下げる。
そんなやり取りをしているうちに、奥の廊下から誰かの足音が聞こえた。
曲がり角からひょこっと伯母さんが顔を出す。どうやら私たちの声が聞こえたからここまで戻ってきたらしい。
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