半妖稲荷あやかし怪記
葛来奈都
1章 影呑み
第1話 あたらしい町
――電車から降りると、辺りは一面山と森に囲まれていた。
前に住んでいた街から電車に揺られておよそ二時間。同じ関東圏内なのに、ここは別世界のように感じる。
ここは
夏の涼風に揺れる生い茂った木々を見つめていると、ポケットの中のスマホが震えた。内容を見ると、ちょうど迎えが来たというものだった。
古びたプラットホームの階段を降り、駅員さんがひとりしかいない改札を抜ける。
駅を出ると駐車場に出たが、一台しか停まっていなかったからあれが迎えの車だとすぐにわかった。
「ニノ!」
運転席から降りた女の人が私に向かって手を振る。
彼女は
「伯母さん!」
持っていたキャリーバッグを引きずりながら駆け寄ると、伯母さんは長い髪を耳にかけながらニコッと笑う。
「本当……よく来てくれたね」
私の顔を見て、伯母さんはホッとしたように息をつく。私がここまでたどり着くか不安だったらしい。
「伯父さんもニノのこと心配していたから、早く顔を見せてあげましょ」
「うん!」
微笑む伯母さんに私も元気良く頷く。
伯母さんが「乗って」と言ってくれたから、私は荷物を後部座席に置いて、助手席に乗り込んだ。
「あと十分くらいで着くから、待っててね」
そう言って伯母さんは車を発進させる。
「大丈夫? 疲れてない?」
ハンドルを握りながら、伯母さんは私を気遣う。
「うん、大丈夫」
「本当に? これまでも色々大変だったんだから、無理しないでね」
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だよ」
口角を上げて答えると、伯母さんは「それならいいけど」とそれ以上聞いてこなかった。
きっと伯母さんの言う「色々大変」は、ここまでの道のりのことだけではないだろう。
物心つく前にお父さんが病死したこと。そして、二ヶ月前にお母さんが事故で亡くなったこと。といっても、葬式から引っ越しまで休む暇なくバタバタしていたから、二ヶ月なんてあっという間に過ぎてしまった。
大変なのはこれからで、引っ越し後の荷解きと、明後日から通う転校先である中学校の準備……ひと息つけるのはまだ先だ。
「明日からまた忙しくなるから、今日くらいゆっくりしなさいね」
伯母さんは眉尻を垂らしながらフフッと笑う。
そんな他愛ない話をしながらも私はずっと窓の外を見ていた。
野井津町はお母さんから話は聞いていたものの、物心ついてから来たのは初めてだった。
でも、お母さんの言う通り山と木と畑しかないくらい凄い田舎だ。ビルのような背の高い建物もないからこの夕焼け空もとても広く見えるし、鳴いているヒグラシの声がうるさいくらいよく聞こえる。
前に暮らしていた街と全然違うが、ここで新しい生活が始まることを思うととてもわくわくした。
しばらく農道を走っていると、伯母さんは左にウィンカーを上げた。
「ほら、もう着くわよ」
ウィンカーを上げた先にあったのは朱色の大きな鳥居だった。奥には白い社殿も見える。私にはなじみがないほど大きな神社だ。
神社に目を奪われていると、伯母さんは鳥居の隣にある駐車スペースに車を停めた。
「さ、ここがニノの新しいお家だよ」
伯母さんに続いて車から出ると、そこにあったのは三角屋根の大きな家だった。木造の作りで、二階建てではあるが趣を感じるほど古めかしい。
今は対応時間外のようで窓は締め切っているが、出窓には「おみくじ」や「お守り」と書かれた貼り紙も付いている。
「自宅と兼用なの。今頃伯父さんが宮司の事務仕事をしているわ」
伯母さんの言葉に「へー……」と感心しながら頷く。
お母さんの実家が代々神社だということは聞いていたとはいえ、こんなにも敷地が広いと思わなかった。けれども、これならお母さんもお父さんと結婚するまではここで巫女をしていた話も納得できる。
「荷物置いてきてあげるから、周り見てきたら?」
「え? いいの?」
「うん。この時間なら参拝者もいないし、ニノもここに住むのだから神様に挨拶しないと 」
そういうことならお言葉に甘えようかと、私は彼女に礼を言って奥にある拝殿へと足を向けた。
神社の境内はとにかく広かった。地面は一面石畳で、拝殿の前には神社を守るように狐の石像が佇んでいる。
拝殿の前には木の柱で立った三角屋根の建物があった。
そこからはずっと水が流れており、石でできた大きな器にいっぱい溜まっていた。近くの木の看板には「
書かれていた通りに体を清め、改めて拝殿に向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます