新人候補者3 おじいさん弁護士

アツシがその商店街を見つけたのは偶然だった。黒田の活動を見届けた後、大学へ向かう途中、近道を探しているつもりが住宅街の細い路地に迷い込んでしまった。方向感覚を失いかけたとき、遠くを走るバスが目に入り、なんとなくそちらへ自転車を走らせてみると、その先に小さな商店街が現れた。長さはせいぜい100メートルほど。多くの店がシャッターを閉じ、人通りはない。少し奥の方営業中の店の前で、何やら話し込んでいる人がいた。


「三條さん、がんばってくださいよ」

スーツ姿の高齢男性が、店主らしき人物に頭を下げている。見覚えのある顔にアツシは「あっ」と思わす声を漏らした。三條弘明。金城さんが担当するおじいさん弁護士の新人候補者だ。咄嗟に辺りを見渡したが、他に連れがいるふうでもなく、金城さんの姿もない。一人でこのさびれた商店街を回っているようだ。


三條の風貌は、どこか昭和を感じさせた。薄くなった白髪をきちんと整えた頭、肩のラインが少し崩れたスーツ、そして古びた革のブリーフケース。彼が話し込んでいるのは、小さな八百屋の店主らしい。店頭には色鮮やかな野菜が並んでいるが、全体的に品数は少ない。


アツシは自転車にまたがったまま、その様子を観察した。

「ここの商店街もね、昔はずいぶん賑やかだったんですよ」

八百屋の店主が懐かしむように語ると、三條は頷きながら返事をした。

「ええ、若い頃、この辺りに買い物に来ていましたよ。あの頃は、どの店も活気がありましたね」

アツシは耳を傾けながら思った。この小さな商店街も、一度は街の中心地だったのだろう。今はシャッターの閉じた店が目立ち、通りを歩く人もまばらだ。

「でも、まだ可能性はあると思うんです。この商店街をリノベーションして、若い人たちが集まる場所にできたらと考えています」

三條の声が力強く響く。

「若い人たち、ねぇ。でも、そんな簡単にはいきますかね?」

八百屋の店主は渋い顔を見せた。近くには大型のショッピングモールも開発され、客足を取り戻すことが簡単にできるとは思えない。しかし、三條は笑みを崩さない。

「もちろん、簡単なことではありません。ただ、レトロな雰囲気を好む若者も増えています。カフェや雑貨屋、フードトラックなんかが並ぶようになれば、少しずつ人が集まってきます。ここならではの景観を整えて、インスタ映えって言うんですかね。」

眼前にあるのは古びた商店街の景色。しかし、アツシは三條の言葉に現実味を感じた。

「通りを彩る花壇を作るとか、アート作品を飾るとか。ちょっとした工夫で、通りが明るくなって、若者が集う通りになるかもしれませんよ」

選挙活動と言えば、大通りで大きな声を張り上げるイメージしかなかったアツシにとって、この光景は新鮮だった。特に、古びた商店街の再生という具体的な課題に対して、現場で実際に意見を集める姿勢には、他の候補者にはない魅力を感じた。


八百屋の店主に深々と頭を下げ、次の店へと向かう三條を、アツシは追った。

古びたパン屋のガラス扉を開け、頭を下げる。顔なじみらしく、三條は再び店主と話し始める。パン屋の窓ガラスには、「昔ながらの味」と書かれたポスターが日に焼けて色褪せている


現役弁護士として地域に根差した活動を続ける人物だと、金城さんは言っていた。言葉通りの、三條の地域に密着した選挙運動もさることながら、金城さんの情報の正確さに改めて感心した。

「いったいどうやって?」


ネット情報と苦笑いした金城さんの顔を思い出し、少し怖く感じた。

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