新人の限界

ショッピングセンターの入口は通行人や買い物客で人通りは多く、演説の声が届く人数は駅前よりも多いかもしれない。しかし、立ち止まって話を聞く人は多くない。候補者の男が演説を続ける中、横に立つ中年女性が「宜しくお願い致します」と頭を下げながらビラを配る。そのビラを受け取る人も10人に一人もいない。

「西東京地で生まれ、育ち、大学卒業後30年、この西東京市で、みなさまと共に歩んでまいりました」

誰の心にも届かない言葉が空しく寒空に漂い、消えてゆく。


「誰のための選挙なんだろう」

アツシの意識がドリフトを始める。


近年の投票率の低さは選挙ごとに問題視されるが、投票率が上がらない理由は簡単だ。自分が投じる一票によって自分たちの生活や未来が変わるという実感がないからだ。


変化を期待させない政治家が悪いのか?

選挙期間中だけ耳障りのいい言葉を並べ、終われば街頭から消えていく。そんな政治家たちに期待しろと言われても無理がある


それとも、政治に関心をよせない有権者が悪いのか?

選挙の後にも政治家の活動を追い続けることをせず、次の選挙が近づいた時に、過去に抱いた期待と現状のギャップを嘆き、裏切られたと愚痴をこぼす。

投票率の低さは、無関心の現れなのか、無力感の裏返しなのか。


気が付くと演説の辺りに人だかりが出来ていた。

「まさか・・・」

アツシは忍び足で人だかりへと近づいた。


「子供たちが自主的に、楽しく学べる環境を整備してまいります」

候補者が訴えると、鉄平は静かに手を挙げて、

「具体的にはどういうことを考えていますか? 学校を変えるんですか?」

駅前で見たのと同じ要領で質問をする。

候補者は静かに声なく頷いて、

「戦後から、日本の教育の在り方は変わっておりません。受験を前提にした詰め込み教育では、グローバル社会では生き抜いていけないのです」

と、丁寧な口調で返答した。

「あなたはグローバル社会で働いた経験をお持ちなんですか?」

候補者は再度静かに頷いて、穏やかな笑みを浮かべて答えた。

「私は、皆さまのご支援をいただき、西東京市の市議会議員として二期、努めさせていただいておるわけですが、それ以前は社会人として、やはり、この西東京市で、皆さまと同じ西東京市民として働いておりました。昨今のグローバル化された社会において、東京で働くということは、いや、これは、日本のどこでも同じかもしれませんが、それは、グローバル社会で働くということである、と私は身をもって実感しているわけであります」

しっかりと鉄平の目を見て答える候補者に対し、鉄平は微動だにせず、まるで記録装置のように全てをその目と耳で収集しているようだった。


「グローバル化に関してなら、海外経験が豊富な黒田とかいう新人候補の方が詳しそうだな」

誰に言うでもなく、しかし、野次馬たちには聞こえるような音量で、そう言い残して、鉄平は去って行った。


「何が目的なんだ?」

アツシは心の中でそう呟いた。

鉄平の後ろ姿は、人の流れに溶け込むように徐々に小さくなってゆく。その背中を追うべきかどうか、心の迷いを否定するかのように、アツシの足は動かなかった。


アツシは、近くのカフェで冷えた体を温めながら時間をつぶした。金城さんのノートによると、14時から近くの幼稚園近くで黒田の演説があるはずだった。ゆっくりとノートに記された幼稚園へと向かい、少し離れたT字路から顔を覗かせると、朝と同じように、黒いダウン姿の黒田と、赤いニット帽の女が立っているのが見えた。やはり、のぼりやマイクの用意は無く、演説が始まる雰囲気ではない。

お迎えの母親たちが集まり始めると、2人は会釈をしながら短く声をかけ、ニット帽の女の方が、例の小さなビラを渡している様子がうかがえる。黒田は自転車で走り去る母親と幼児に向かってにこやかに手を振っている。


「これだけ? これが黒田の選挙運動?」


アツシの頭の中は、困惑と落胆が混ざったような感情が渦巻いた。昨日の夜の、あの熱い言葉を放っていた男にしては、行動が地味すぎやしないか?

やはり、新人が無所属で立つというのは、想像以上に難しい事なのだ。既存政党から公認や推薦が得られれば、人的、金銭的な補助があると黒田は言った。そんなライバルを何人も敵に回して、駅前の一等地で演説の場所を確保することは難しいだろうし、のぼりやマイクなど備品を用意する元手にも限りがある。これが黒田の現実なのだ。無所属新人の限界なのだ。


それぞれの候補者が、立たされた現状の中で、できる事をできる範囲でやっている。それらの条件下で行った運動と結果を、客観的に考察するのが今回の課題の目的なのだ。やはり、個人的な肩入れや協力はするべきではない。タツヤも金城さんも同じ意見に違いない。

アツシは、静かにその場を後にして、ゆっくりと大学へ向けて自転車を漕ぎだした。

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