意思決定権
「無所属で出馬するのは不利だと思われますが?」
「確かにその通りだ。公認が貰えればその政党から活動費の支援があるし、名のある議員先生が応援に来てくれる可能性もある。推薦の場合、金銭的な支援は無いにしても、党推薦の箔が付くし、知名度の無さをカバーできる可能性はある。僕の経歴を以ってすれば、名だたる政党の推薦ぐらいは貰えたかもしれない。でもね、僕は、「黒田武彦」という男は、ゼロからイチを作れる人間だと思っている(握り拳)。何もない所から、形の残るものを作り出せる。それに、政党に所属してしまっては自分の意見を主張することが出来なくなってしまうんだよ。所属する政党の方針に則って決議を行うことになる。そんな議会運営だったら、28人も議員はいらないんだよ」
最後の「いらないんだよ」の部分では、少し寂しそうな流し目を見せた。
「そうかもしれない」とアツシは思った。
「メモとか取ってないみたいだけど、このインタビュー録音してるの?」
「あ、いえ、決して・・・」
「いいんだよ、録音してくれても。生音でネットに流してもらってもいい。ただ、URLは連絡してね」
ガラステーブルに置いた名刺のメールアドレスの部分を、黒く日焼けした手で指し示した。
アツシは慌ててスマホの音声録音をオンにした。
「それでは、市議会議員として具体的にどういう事を?」
「やりたいことはたくさんある」
そう力強く前置きして、黒田は少し深く座り直した。
「でもね、僕は耳あたりの良いことを並べ立てるようなことはしない。あれもこれも追いかけてしまうと、結局なにも達成できない。それに、何をするにもお金がかかるんだ。だから、優先順位を決めなくてはいけない。選択と集中だ」
コーヒーを一口飲んで間をとる。スピーチ技術は流石にコンサルタントである。
「いいかい、世の中には重要性の高い案件と低い案件、緊急性の高い案件と低い案件がある。重要性も緊急性も低いものは放っておいていい。緊急性はあるが重要性の低い事は誰かに任せておけばいい。問題は重要性の高い案件だ。重要性は高いが緊急性は低い案件については、今すぐ行動を起こす必要はない。しっかりと計画を立てて、順番に行動に移してゆけばいい。ここには爆発的な力はいらないし、特に役所には、こういうことが得意な職員はたくさんいるから、そういう連中に任せればいい。僕が力を入れたいのは、重要かつ緊急な案件なんだ。ここにはグダグダと話し合っている時間はないんだ。すぐに行動に移す必要がある。それなのに、そのスピード感が、今の市議会にあるかい? ないだろう? だから僕が起爆剤になる(両手で握り拳)。今、若い力で議会を動かさないと手遅れになってしまう。まさに、君たちのような若い力が必要なんだよ!」
黒田のトーク熱はピークに達し、アツシに飛び火した。
「具体的に、僕たちに何ができますか?」
「投票に行くことだよ。そして僕に投票することだ。
「既得権益を手放そうとしない社会的集団、つまり年寄から、社会的意思決定権、つまり、政治を取り戻すんだ。
「君たち若者には未来を想像する力がある。年寄にはそれがない。
「君たち若者は、社会をより良くしようと考える。年寄は与えられた利益を守ることしか考えない。
「君たち若者は自分の力で変えようとする。年寄は文句だけ言って政治を歪める。
「政治が歪めば何が歪む? 未来の社会だ。
「そこに生きるのは誰だ? 君たち若者だ。
「投票に行かないということは、それを容認するということだ。それでいいのか!」
ウブな魂は老獪な語気に操られる。
「黒田さん、俺、人集めます。演説、聞きに行きます」
「君のような若者が立ち上がれば、この町は変わる」
2人は立ち上がり、がっちりと握手を交わした。
「ここから西東京市を、いや、日本を変えよう」
「はいっ!」
今後の予定はメッセージアプリを使うとのことで、連絡先を交換して事務所を後にした。カラス戸を出た所でアツシは深々と頭を下げた。心を動かされ涙目になった自分に少し驚いたが、恥ずかしいとは思わなかった。全身を駆け巡る熱い感情を抑えきれず、走っては歩き、また走り出す。家路につくまで、その繰り返しだった。
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