第45話 「朝までずっとそばにいて」

 いつの間にか私もなんちゃんと一緒にソファーで眠ってしまっていて、カクッと身体が動いて目が覚めた。時計の針を見てみれば、そろそろなんちゃんの予約時間が終わる頃。


(あーあ。今日はいつもより時間長いはずなのに、あっという間だったなぁ……)


 名残惜しくなってきて。寂しくなってきて。もっと一緒に居たくって。


 そう言えばなんちゃん、今日は直帰でいいって言ってたよね。少しくらい延長お願い出来たりするのかな、なんて思ったりしたけれど、それはなんちゃんが決めること。


 そう思って、そーっとなんちゃんを起こそうと身体を動かした。その時――


 コロンと何かが転がったと思ったら、プチっと小さな電子音がして、テレビがついた。同時におどろおどろしい音が聞こえる。


(ひっ…………!!!!!!)


 反射的に目を向けたテレビの画面は、ホラー映画がやっていて、今まさに血みどろのゾンビの大群がガラス越しに襲い掛かってくるシーン。


(い、や、やだやだやだやだ、やだああああああああああああああ!!!!!!)


 怖くて仕方ないのに、たくさんの生々しいゾンビの画像に目が逸らせなくて、けれど大声出してなんちゃんを起こすわけにはいかないと思って、必死に声を堪える。


 画面の向こうでは、ゾンビがガラスを叩きつけバンバンとすごい音を立てている。その音はまるで雷鳴のように私の心臓を掴んで恐怖でいっぱいに支配する。


『バキッ!! ガッシャ―ン!!』


 ついにガラスがひび割れて、狂気に満ちた目をしたゾンビたちが一斉に襲い掛かってきた。リアルな描写と音の迫力に自分が襲い掛かられた気持ちになって、私は思わずなんちゃんの腕にしがみついた。


「…………え?」


 すると少し寝ぼけた柔らかいトーンで、なんちゃんの声がした。


 反射的になんちゃんと見つめ合う形になって、そしたら安堵の涙が滲んできて。


「ふ、ふぇ、なんちゃあああああん…………」


 情けない声が漏れ出ると、なんちゃんはそっと私の頭を撫でてからテレビの画面を見つめ、状況を判断したようだった。


 そしてさらりと私の視線を画面から遠ざけるようにそっと背中を押すと、スッと立ち上がってさっき転がっていったリモコンを拾い上げ、テレビを消した。


 その瞬間、おどろおどろしい音も映像もなくなって、静寂が訪れる。


 その一連のなんちゃんの所作が頼もしくて、恐怖心で苦しくなった胸がさらにグッと締め付けられる。


「すみません、俺……いつの間にか寝てしまったみたいで……」


 なんちゃんは時計を見ながらそっとまた隣に座った。でも、時計の針はもう20時を過ぎていて、もう、なんちゃんが帰る時間。


 思わず私はなんちゃんの腕にしがみついた。


「やだ! 帰らないで。1人とか無理、怖い、死んじゃう、ゾンビになっちゃう!! 2万! 3万! 5万でもいい!! 朝までずっとそばにいて……!! お願いだからああああ」


 怖さと安堵と寂しさでパニックになっていた私は、いつの間にか泣き出してしまっていて、溢れ出す複雑な感情をどうする事も出来なかった。


「えっと……、お姉さん……?」


 なんちゃんが戸惑っているのはわかるのに、それでもどうしても引き留めたくて。


「お願い……」


 すがるような気持ちでなんちゃんを見つめる瞳からは、涙がぽろぽろと溢れてしまう。


 そんな私を見かねたように、なんちゃんはそっと抱き寄せて頭を撫でてくれた。

 なんちゃんの手の温もりが、そっと私の恐怖心を溶かしてくれるから、目から零れる涙は今度は安堵の涙になって止まらない。


「……仕方ないですね。寝てしまった俺が悪いですし。朝までそばにいますから、泣き止んでください?」


 そっと親指で私の涙を拭ってくれるなんちゃんの瞳が優しくて、つい、見惚れてしまう。ああ、好き。この人が好きだ。そんな感情がまた波のように押し寄せてくる。


「むりー。涙止まらないから、慰めて……?」


 朝までそばにいるという言葉が嬉しくて。少し甘えるように言った私はまるで子供みたいだ。


「もー。今度は泣いてるのに笑ってるのはなんでなんですか」


 なんちゃんは、そんな私を撫でながら、ふふっと笑った。


「だーって。朝までなんちゃんがいてくれるの、嬉しいんだもん」


 そんななんちゃんの笑顔に私の気持ちも綻んで、さっきまでの恐怖心はいつの間にかなくなっていた。


「まったく。さっきまであんなに震えて泣いてたくせに。仕方ない人だなー」


「へへっ♡」


 なんちゃんとのそんなやり取りが心地いい。すっかり泣き止んだ私は、なんちゃんの身体にぎゅーっと抱きついた。


 ――幸せだ。


 さっきまでの恐怖心や寂しさが、嘘みたい。

 私の心は幸福感に満ちていた――。

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