第43話 お姉さんの、心の葛藤

 ひゃああああああ。まさかなんちゃんがあんなこと言うなんて、想像もしてなかった。


 ただただ、なんとなくポチったまま忘れてた水着を見つけて、そしたらなんちゃんに見せたくなって、これ着たらなんちゃんがまた真っ赤な顔するかなって思って……わくわくしてた。


 でも、そこまでしか考えていなくて、いざ着てみたら本当になんちゃんが真っ赤な顔をしたから可愛くて。


 つい、抱きつきたくなってしまった。


 抱きついたらこの数日間寂しかった反動がきて、抱きしめて欲しくなっちゃって。でも、本当に抱きしめてくれるとは思ってなかったから……抱きしめられたらドキドキしてきちゃって。


 急に、前になんちゃんに言われた言葉を思い出した。


 ――『あんまりそう言う事言ってると、襲っちゃいますよ?』


 その時、なんちゃんが抱きしめてくれた手が私の腰に触れて。思わず変な声が出た。


 そしたらどんどん意識しちゃって、ドキドキしてきちゃって。


 まさかなんちゃんがあんな落ち着いた声でホックに手を掛けてくるなんて思わなかった。


 けど、着替えて来るって言ったのは……

 なんちゃんを拒みたかったわけじゃない。


 むしろ、その逆。


 一線を越えてしまったら、今まで通りじゃいられなくなる気がして、それが怖くなったんだ。


 ――『香奈さまさまだぜー。サンキューな。ってことで、別れよ?』


 あーあ、嫌な事思い出しちゃった。


 それは、元カレに言われた言葉。


 元カレは、付き合い始めた当初はあまり知名度のない俳優だった。それが彼の投稿したSNSがきっかけで、私達が付き合っている事が世間にバレると、一気にネットニュースになった。


 別に私は事務所から男女交際を禁止されていたわけでもないし、気にしてなかったのだけど、元カレは……、『浅見香奈の彼氏』として有名になり、急に仕事が増えはじめた。そこまでは私も嬉しい事だと思って一緒に喜んだ。


 でも……それだけじゃ終わらなかった。


『人気モデルの彼氏』として有名になった元カレは、急にモテ始めた。人の物は良く見えるものなのかな。モデルが着た服が売れる現象と、似たような事なのかな。


 彼に会える回数がどんどん減って、彼の仕事が忙しくなったからだと思っていたのに、実際の彼は、忙しさを隠れ蓑にいろんな人と浮気してた。


 そして私がそれを問い詰めた時――


『いやーだって、香奈と付き合ってるってSNSで匂わせたらバズっちゃって。仕事は増えるしモテ始めるし、追い風来たーって感じ。マジ香奈さまさまだぜー。サンキューな。ってことで、別れよ?』


 私は、あっけなく振られた。


 元カレにとっての私は、ただの便利な踏み台でしかなかったのかなぁ。


 知名度がなくても、些細な役がもらえたことに喜ぶ彼が好きだった。

『香奈がいたらそれでいい』って言ってくれた言葉が嬉しかった。


 それなのに。


 好きな人が去って行くのは、すごく寂しい。


 もうあんな思いするのが嫌で、ずっと彼氏作らなかったのに。


 今まで以上に好きな人が出来るなんて、思ってもみなかったな……。

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