第42話 お姉さんのイタズラ成功と、敗北(?)

 それからお姉さんは何着か着替えて見せてくれたのだけど、本当に何を着てもお世辞抜きに似合うのだからすごい。


 スカートでもパンツスタイルでも、肩が出た服装も、背中が開いた服装も、ただのTシャツにデニムでさえおしゃれに着こなしてしまうのだから、さすが元モデル。神に創られたかのような造形美……とは、まさにこのことだと思う。


 むしろ、服単体で見るよりも、お姉さんが着た方が格段に洋服の魅力が増している。さすがモデルデビューすぐに新企画に抜擢され、人気モデルとして駆け上がっていただけはある。


 そして、可愛いのに妙なエロさがあるのはなんなのだろう。過去にオトナセクシー系に進まないかと誘われたというのも納得だ。その道に進んでいたら、間違いなくまた人気を得ていただろうと思わせる何かがある。まぁ、本人がそれを望んでいなかったのは十分に承知しているのだけれど。


 ……反対に、俺はなんて平凡な一般人なのだろうと自覚して悲しくなる。こんなお姉さんと俺が、釣り合うはずがない。なんでも屋のバイトをしていなければ、出会う事のなかった人だなぁと天を仰いだ。


 その時。


「なーんちゃん、お待たせ―!!」


 お姉さんが何かイタズラを企てている子供みたいな目をしながら隣の部屋から現れた。その姿はロング丈のカーディガンに包まれていて、前身ごろをしっかりと抱え込んで、着ているものを隠している。


 なのに、足元は裸足で。

 

 ……まさか、と息を飲んだ、その時。


「じゃーん!! 見て♡ 今年買った水着ー♡」


 お姉さんは羽織っていたカーディガンを勢いよく脱ぎ捨てた。


「なっ!!!!!!」


 瞬間にして、一気に顔から発火しそうなくらい血が上って来るのを感じる。


「やっぱりー!! なんちゃん顔赤い!! 可愛い可愛い可愛い♡」

 

 俺の反応を見て、お姉さんはイタズラが成功して喜ぶ子供みたいな顔をしてぴょんぴょんと飛び跳ねた後、意気揚々と近づいて来た。


 頼むから、弾ませながら歩いて来ないで欲しい、揺れるから。『どこが』とは言わないけれど、揺れるから。つい、目で追いかけてしまうのは、男のサガなのかもしれない。


 そのままその二つの白い膨らみから視線を逸らせないでいると、どんどんと近づいてきて、そのままむにゅっと俺の胸元に押し当てられた。


 ――お姉さんが、俺に抱きついたのだ。


 そしてお姉さんはそのまま、俺の顔を見上げた。


「……へへー。抱きついちゃった」


 照れたお姉さんの顔が可愛くて、何も言葉が出てこない。


「…………ねぇ。この数日、会えなくて寂しかった。なんちゃんからも、……抱きしめて?」


 ――本当に。お姉さんは何を考えているのだろう。こんな水着姿で抱きついてきて。おまけに俺からも抱きしめて欲しいなんて。素肌じゃないところに触れる方が難しいくらいなのに。俺の事を誘ってるのか? そう思われても文句言えないぞ?


 ――俺だって会いたかったのに。毎日、毎晩、お姉さんのことを思い出して、やっと今日会えたのに。『抱きしめて』なんて、言われなくても抱きしめたい。それを理性で抑え込んでいるのに、こんなのもう、抑え込んでいられるはずがないじゃないか。


 そんな事を考えていると、だんだんタガが外れてきて。俺は本能の赴くまま、グッとお姉さんを抱き寄せた。


「……っひゃあ!」


 瞬間、お姉さんが高い声を漏らした。


「……もう。変な声出さないでください」


 対して俺は、妙に落ち着いていて。低い声で返す。


「だ、だって、なんちゃんが変なところ触るんだもん」


 すると動揺したようなお姉さんの声。


「……不可抗力です。それに、こんないつでもホック外せるような格好で、抱きついてくるお姉さんが悪い」


 そして俺はお姉さんの水着のホックに手を掛けた。


「な、なんちゃんにしかしないもん!! で、でも、えっと、き、着かえて、来る……っ」


 そう俺を見上げるお姉さんの顔は、勝負に負けた子供みたいに可愛くて。まったく。自分からして来たくせに、なんでそんなに真っ赤になってるんだよ。


『だめ』


 そう言って、さらに強く抱きしめようと思ったけれど、寸でのところでとどまった。


「はいはい。早く着替えてきてください?」


「はあい」


 真っ赤になった顔のまま、パタパタと隣の部屋に走って行くお姉さんの後ろ姿を見送ると、俺はドサッとソファーに座り込んだ。


「…………意気地なし」


 ボソッと零したこの言葉は、お姉さんへのものなのか、俺自身へのものなのか。


 分からないまま目を閉じて、俺は静かに長い息を吐いた。

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