第36話 頼れる先輩

「南谷、戻りましたー!」


「あれー南谷君ひとり? 早かったね。お疲れー」


 コンビニにも寄らずに急いで店に帰ると、他のメンバーより早く店に着いていて、店番をしていた他のスタッフに声を掛けられた。


「はい、自分のスケジュール確認したくて」


 返事をしながら足早に自分の勤務スケジュール表を見てみると、俺の休みは確保されつつ、確かにびっしりと1週間先まで埋まっていた。そしてその先の勤務表は、なぜか俺の欄だけグレーになっている。けれどそれがなぜだかわからない。


「あー。そう言えばこないだチラッと店長が来て、南谷君のスケジュール埋めてたよ。山さんがしばらく欠勤するから、その分をそのまま南谷君に振ったみたい。若いからいけるだろって」


「え、そうなんですか? だからこんなびっしり……。じゃあ、1週間先からのグレーになってるところは……?」


「それは、山さんの具合によってどうなるか分からないから、仮押さえ的な?」


「…………」


 マジかよ。これじゃお姉さんの予約入れられないじゃないか。せっかく今日偶然会えて、電話する約束までしたのに。



 途方にくれていると、また別の誰かに声を掛けられた。


「あれ? 南谷? もう戻ってたのか、早いな。そんな顔して、どした?」

 

 バッと顔を上げてみると、そこにいたのは米田先輩。


「あ、米田先輩。お疲れ様です。あの……さっきのイベント会場で浅見さんに会って、また予約したいって言われたので『スケジュール確認してまた電話します』って答えたんですけど、俺のスケジュールがびっしり埋まってしまってて……」


 ありのまま答えると、米田先輩もスケジュール表を覗き込んだ。


「どれ……? あぁ、山さんの代理かぁ。山さん安定して企業案件受けてるし、古参だから常連さんも多いしなぁ……。それにしてもびっしりだな」


「……はい……」


 ただ頷くしかない俺の顔を見て、米田先輩は何かを察してくれたらしく、ポンと俺の肩に手を置いた。


「……はは。南谷、そんな顔するなって。俺が南谷のスケジュール調整してやる。明日の現場解体はさすがに急だし無理だけど、それ以降なら調整してやるから。浅見さんにそう伝えて予約もらっておいで」


「え!! いいんですか!?」


「おう、だって山さんの仕事は他の人に振ればいいけど、南谷の代わりはいないだろ? じゃなきゃ今まで指名してこなかった浅見さんが、こんなに続けて南谷に頼んで来ないしな」


 米田先輩は、“任せろ”というような頼もしい顔をしてそう言ってくれた。ああ、やっぱりこの人は、面倒見が良くて、頼りになる。


「ありがとうございます!! じゃあ、早速浅見さんに電話してみます!!」


 返事する声が思わず弾んだ。それは、たぶん――先輩への感謝や尊敬の気持ちと、またお姉さんの予約を受けられるという喜びから。


 うおー嬉しい。お姉さんも喜んでくれるだろうか。期待と高揚感に胸を膨らませながら、俺はお姉さんに電話を掛けた。



「あ、南谷です。浅見さんのお電話番号で間違いないでしょうか」


『あ! なんちゃんだ!! うんうん、間違いないよ。それで……どうだった? 予約、取れる日あったかな』


「えっと、それなんですけど、明日の夕方以降からなら調整出来るので、希望の日時を指定してもらえたら……」


『ホント!? じゃあ、明日の夕方から、時間いっぱいまで来て欲しい!!』


 やけに嬉しそうなお姉さんのテンションに嬉しくなりつつ、職場から電話しているので他の人もいる手前少し気恥ずかしい。


「……かしこまりました。じゃあ、明日、17時から20時のご予約でよろしいでしょうか」


『うん!! あ、ご飯、用意しとくね♡ 一緒に食べよ♡』


「……っ。ありがとうございます。では、明日、よろしくお願いします」


 お姉さんの甘えるような可愛い声に、にやける口元を必死で堪えて電話を切ると、開口一番、米田先輩に突っ込まれた。


「なに、南谷。浅見さんと付き合ってんの? それとも結婚してんの? 浅見さんのあんな声……初めて聞いたんだけど。何、新婚?」


「え、いや、ちがっ、えっと。……違います」


 米田先輩に、お姉さんの声まで聞こえてたんだと思うと余計に恥ずかしくなってきて。耳がカーッと熱くなっていくのが自分でも分かった。


「ははは。南谷、おまえまたタコみたいに真っ赤だぞ。……ふふ。明日、から。楽しんで来い」


 米田先輩はにやにやしつつ、俺の肩にまた、ポンと両手を置いた。


 俺はこの時、まだ気付いていなかったんだ。先輩が言ってくれたこの、『直帰でいい』という言葉の、本当の意味を。


「はい! ありがとうございます!」


 だからただただ、久しぶりにお姉さんと過ごせることが嬉しくて、期待と高揚感に胸が高鳴っていた。しかも明日の予約は3時間。今までよりも一緒にいられる時間が長い。


 そう思うとやっぱり嬉しくて。会いたい気持ちがどんどん募る。俺はお姉さんと過ごせる明日が来るのが、待ち遠しくて仕方なかった――。




――第3章 お姉さんとの曖昧な関係 完

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