第34話 代役と、すれ違い

「あ、南谷、すまん。山さんから電話かかってきた。ちょっと外すわ!」

 

 作業の途中で米田先輩は着信中のスマホを見せながらそう言った。


「はいっ!」


根岸ねぎしー! ちょっと南谷と組んであげて。ゲンさんは一旦俺が戻って来るまで現場の指示にしたがってフリーで動いてて」


 そして米田先輩は他のなんでも屋ナンデーモメンバーに声を掛け、現場を離れていく。


(……米田先輩って、俺より少し上くらいかなと思ってたのに……現場リーダーみたいだな)


 ふとそう思っていると、根岸と呼ばれていた人に声を掛けられた。


「南谷……だっけ。初めましてだよなぁー。俺、根岸って言います。よろしくー」


「はいっ! 南谷と言います。よろしくお願いします!」


 機材を運びながら根岸さんとなんとなく会話がはじまった。


「あの……根岸さんはここのバイト長いんですか?」


「んー? 俺はまだ1年くらい。ゲンさんと山さんは結構長いって聞いてる」


「じゃあ、米田さんは……?」


「あー、米田さんは3年くらいかなー。ゲンさんや山さんよりは短いけど、今じゃ現場リーダー任されてるんだから、すごいよなぁー」


 根岸さんの言葉に、初めて米田先輩がただの先輩じゃなくて、現場リーダーを任されるほどの人だったのだと知った。


「え、米田さんって現場リーダーだったんですか」


「そうだよー? 最近じゃシフト組んだり大きい現場の人員配置してくれるのも米田さんだし、店長よりよっぽど店長っぽい感じ」


「へぇ……」


「店長は忙しいみたいで店に顔出さない日も増えてきたしなー」



 根岸さんとそんな会話をしていると、米田先輩が戻ってきた。


「おーい、南谷も根岸もすまんな。ただいま!」


「あ、米田さん。山さんどうでしたか?」


「それなんだけど……山さんしばらく欠勤することになった。だから南谷、悪いけど……しばらくここの現場、山さんの代わりに南谷に入ってもらえるかな」


 その言葉に、一瞬、そしたらしばらくお姉さんの依頼受けられないじゃんと思った。けれど実際俺は今お姉さんからの依頼を何も受けていないわけで。


「あ、はい。分かりました」


 そう返事する事しか出来なかった。



 それから数日間。お姉さんの依頼とはまるで天と地というほど忙しかった。


 資材搬入して、配置して、設置して、大枠が出来たら次は照明やら音響やらの設置の手伝いをして……


 間に俺個人の休みはありつつ、その休みは疲労感からほとんど寝て過ごし。

  イベントのリハーサルが始まれば、今度は人の誘導や出演者達の軽食の準備……


 毎日現場は同じでもやることは違って、怒涛の日々は忙しく過ぎて行った。



 そうして迎えたイベント当日。


 準備の段階で気付いてはいたが、イベントの内容は秋服のファッションショーだった。かと言って、出演するモデル達に俺のような末端の人間が会えるはずもなく。


 ただただ外の日照りに照らされながら、観客の行列の案内に駆り出されていた。


 そんな行列に並ぶ観客たちもまた、おしゃれな女の子が多くて。憧れているモデルの雰囲気に寄せて今日のために服を新調したとか、あのモデルに会えるのが楽しみとか、そんな話題で盛り上がっていて。


 お姉さんも、この観客たちに憧れられるステージ側の人間だったのだと思うと、急に俺との格差を実感してしまった。


 この数日間が忙し過ぎて、お姉さんとの日々との落差が激しすぎて、あの日々は夢か幻だったような気さえしてくる。


(会いたいなぁ……)


 あの日々は現実だったのだと思いたくて、お姉さんのあの笑顔を思い出していた時、観客の列とは全く違うところにお姉さんと似ている人を見つけた。


 本人かどうか確認したくても、持ち場を離れるわけにもいかない。そしてちゃっかり確認していた出演者名簿にも、お姉さんの名前はなかった。


 だから、会いたい気持ちから似ていると思ってしまった別人だったのだろう。そう、心の中で自己完結させた。


 その時の俺には、それがお姉さん本人だっただなんて、確認する術もなかったのだ。

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